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 スノーボードの成田緑夢(ぐりむ、24)=近畿医療専門学校=の兄、童夢(どうむ)さん(32)が16日、今大会2種目目に出場する弟を応援するため、平昌パラリンピックの競技場に駆けつけた。「緑夢らしい笑顔でゴールを切ってほしい」。パラリンピアンの弟をオリンピアンの兄が見守った。

 童夢さんは妹の今井メロさん(30)とともに2006年トリノ五輪にスノーボードで出場した。緑夢が小学生の頃、3きょうだいの生活はスノーボードが中心だった。冬は長野や岐阜で合宿生活。夏も、早朝から琵琶湖でバランス感覚を養うウェイクボードに乗った。父隆史さん(68)の熱血指導は、童夢さんが「逃げ場がなかった」と振り返る厳しさだった。

 トリノ五輪の前年、童夢さんとメロさんが父の指導方針に反発。父が監督を務めるスノーボードチーム「夢くらぶ」をやめて家を出た。一人残された緑夢もスノーボードをやらなくなった。「普通の小学生になれた」と緑夢は当時を語るが、童夢さんには後悔がある。「お兄ちゃん、お姉ちゃんが裏切ったと思ったと思う。父からの重圧を一人に背負わせてしまった」

 童夢さんは予選敗退に終わったトリノ五輪後、競技から離れて声優やタレント業に。アルバイトもやった。家を出て以来、緑夢とは6年も会う機会がなかった。

 30歳でイベント会社を立ち上げた。弟と顔を合わせることが徐々に増えた。大けがで左足に障害を負い、パラリンピックを目指していた緑夢に「マネジメントを手伝おうか」と声をかけたが「自分でやるから大丈夫」と断られた。緑夢は自力で所属先を見つけていた。

 12年前、20歳だった自分は五輪で苦い思いをした。予選敗退に頭が真っ白になり、気がつくと雪面をたたいていた。ブーイングを浴び、スポンサーからも怒られた。だからこそ、弟には「楽しんでほしい」と願う。「過酷な道を弟は歩んできた。この大舞台で悔いのない滑りをしてくれると信じています」

 ゼッケンをはためかせた緑夢が、目の前で1本目のゴールを切った。「行け、行け」。思い切り両腕を突き上げた。(波戸健一)