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 「梅咲いて庭中(にわじゅう)に青(あお)鮫(ざめ)が来ている」

 理解を超える一枚の絵、のような俳句。この俳句の作者に会いたいと思った。14年前のこと。自宅に電話してみた。「ほう、お医者さんですか。私の父も田舎医者でした。こりゃあご縁ですな」

 俳人は鳥取市の、私たちが建てたセミナーハウス「こぶし館」に、55人目の客人としてやって来てくれた。開放的で豪快だった。講演会のあとの宴席も盛り上がった、自然に。俳人の句で一番好きなのを、皆が順に発表した。「冬眠の蝮(まむし)のほかは寝息なし」、「暗黒や関東平野に火事一つ」、「朝はじまる海へ突込む鷗(かもめ)の死」。各自違う句を心に秘めていた。「霧の村石を投(ほう)らば父母散らん」を地元の詩人。「きよお!と喚(な)いてこの汽車はゆく新緑の夜中」を地元の同人。「水脈(みお)の果(はて)炎天の墓碑を置きて去る」と「湾曲し火傷し爆心地のマラソン」を地元の反戦運動家が。「なるほど、なるほど」と俳人は肯き、その句の成り立ちをぐいっと飲みながら語った。聞いてぼくらも「なるほど」とぐいっと飲んだ。

 ホテルへお送りする時、「長寿の母うんこのようにわれを産みぬ」と最新作を紹介された。ずばり、高齢人への愛着と敬意を放った句に、足元をすくわれた。

 俳人の本は何冊もあった。「心と情」についての下りが目に留まった。「心」をひとりごころと読み、「情」をふたりごころと読んでいた。情がかすむ時代だ。また、足元をすくわれた。俳人は尾崎放哉のフォーラムで鳥取に招かれた帰り、ぼくらの診療所を訪ねてくれた。「日本になくてはならないユニークな人間だ」と玄関に迎えると、「you too(君もだ)」と返された。豪放な誤解だった。俳人は金子兜太さん、先日、98歳で旅立ちされた。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。