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 妊婦の血液で、赤ちゃんにダウン症などがあるかどうかわかる「新型出生前診断(NIPT)」が始まり、まもなく5年になります。これまでに5万組以上の夫婦が受けました。日本産科婦人科学会は今後、実施施設を増やしていく方針です。この検査について、みなさんと考えます。

採血だけで検査 精度99%

 赤ちゃんの染色体や遺伝子の異常を誕生前に調べる検査には、体外受精した受精卵を調べる「着床前診断」と、妊娠後、生まれる前に調べる「出生前診断」があります。

 出生前診断のうち羊水検査は、感度(精度)がほぼ100%と高く、確定診断に使われます。ただし子宮に針を刺すので、約300人に1人の割合で流産のリスクがあります。

 妊婦の血中ホルモンなどの成分を調べる検査と超音波検査を組み合わせた「超音波マーカー検査」は、採血と超音波検査だけですみます。体への負担は軽いのですが、感度は80~85%とあまり高くありません。

 新型出生前診断は、採血だけですみ、しかも感度が約99%と高く、検査が受けられる時期も長いのが特徴です。妊婦の血液にわずかに含まれる胎児由来のDNAを分析します。微量のDNAを高速で分析できるようになって可能になり、2011年に米国で始まりました。

 採血だけでできるので、専門知識が十分にない医療機関でも検査できます。国内では、十分なカウンセリングなどが伴わないと混乱が生じるとして、日本産科婦人科学会(日産婦)や日本医学会などが12年から実施体制を議論。遺伝に詳しい常勤医がいるなどの条件を満たす医療機関を認定し、臨床研究として実施すると決めました。対象を原則として35歳以上の妊婦に限り、調べる疾患も三つの染色体異常に限定しました。

 認定施設は現在90カ所。その大半が加盟する団体「NIPTコンソーシアム」によると、実施開始の13年4月から17年9月までに約5万1千組の夫婦が受けました=図参照。

 日産婦は今月、すでに5年の実績があることなどから臨床研究を終了し、一般診療として実施すると決めました。詳細は今後、関連団体との協議で決まりますが、実施施設は増える見通しです。

 NIPTコンソーシアム代表の左合治彦医師は「日産婦の指針には法的拘束力が無く、現状では無認可施設で十分なカウンセリング無しに検査が行われるなどの問題が起きている。今後は、医療機関に加えて検査会社も登録制にするなど、抜け道のない実施体制作りが必要です」と話しています。

「安易な中絶」などない 室月淳・宮城県立こども病院産科長

 私の病院では、国内で新型出生前診断が始まった2013年から検査を実施し、毎年約250組の夫婦が受けています。夫婦が悩み苦しむ現場に立ち会い、医師として新型出生前診断について考え続けてきました。

 夫婦には検査前の遺伝カウンセリングで、仮に胎児に病気がみつかったらどうするかをよく考えていただきます。「病気があっても産みます」という結論にいたった夫婦は、基本的に検査を受けません。ですから、検査を受けるのは、病気がわかれば中絶を選ぶという夫婦が大半となります。

 新型出生前診断で病気がわかった夫婦の95%以上が人工妊娠中絶を選ぶことから、「安易な中絶が増えている」と批判する人が多いです。しかし、安易に中絶する夫婦など存在しません。みな悩みに悩んだ末の選択です。中絶を選んだ夫婦、特に妊婦さんの悲しみや苦しみは、病気などで死産だった方と変わりません。

 検査に対して、「命の選別だ」という批判もあります。遺伝情報や障害、病気で人を差別するべきではないという意味で、命の選別をするべきではないとの主張には全面的に賛成です。国家などが検査や中絶を強制することも許されません。

 しかし、あらゆる出生前診断が「命の選別」と批判されることには、違和感を感じます。第三者が夫婦に対し、検査を受けることや結果を受けて妊娠をあきらめることを一律に禁じられるのでしょうか。どれだけ支援があっても、最終的に子どもの面倒をみるのは夫婦ではないでしょうか。

 それに、染色体の病気がわかって中絶を選ぶ夫婦は、必ずしもダウン症候群などを差別しているわけではありません。家庭の経済状況など様々な個別で複雑な事情があってのことです。個々の夫婦が置かれた状況はそれぞれ複雑で、異なります。夫婦も医療者も複雑な状況をどのように解決すればいいのか絶えず苦闘しています。そのような現場にいると、「命の選別を規制すべきだ」といった一刀両断の議論には、あまり意味がないと感じざるを得ません。

 私の記憶では、「命の選別」という言い方が使われ始めたのは1990年ごろだったと思います。当時は、出生前診断のもつ本質的な問題をついた批判だと感心しました。しかし、それから30年近く経ち、産科医療をとりまく状況は大きく変わりました。出生前診断の技術も大きく進み、欧米では次の世代の出生前診断がすでに始まり、新型出生前診断がもはや「新型」と呼べなくなる状況です。「命の選別」と批判して新技術の可能性を遠ざけるのは、一種の思考停止ではないでしょうか。

 テクノロジーの進展を止めることはできません。「命の選別」という使い古された批判を繰り返すのではなく、手探りでも、現実に即した解決策を模索していくしかない時期に来ていると思います。

ダウン症、実態を知って 玉井浩・大阪医科大小児科教授

 私の三女にはダウン症があります。今年、成人式を迎えました。時には体調を崩すこともありますが、ダンススクールに通い、毎日、楽しく幸せに暮らしています。三女の存在は、上の子どもたちにもいい影響を与え、彼らが自分たちの生き方を考え直すきっかけになりました。

 新型出生前診断のカウンセリングで、こういったダウン症のある人とその家族の実態がどこまで正しく伝わっているのか心配です。遺伝カウンセラー養成講座などで講演することがありますが、多くの受講者は娘の話をすると驚きます。

 ダウン症のある子の50%は心疾患を合併し、10%は消化器の奇形を伴う――。カウンセリングで通り一遍にこうした説明を受ければ、話を聞いた夫婦は怖くなり、産んでも育てられるだろうかと不安になります。カウンセリングを担う人は、もっとダウン症の人たちの実態を具体的に知る努力をしてほしい。

 新型出生前診断のカウンセリングでは、検査の仕組みなどを説明するDVDを30分間流して終わり、という医療機関もあると聞きました。日本産科婦人科学会は今後、実施施設を増やす方針だそうですが、学会や実施施設の団体「NIPTコンソーシアム」は、どこで検査を受けても、確実に質の高いカウンセリングが受けられる体制を作るべきです。

 また、新型出生前診断で染色体変異が見つかった夫婦の選択肢を増やす努力も必要です。米国では、ダウン症のある子どもを育てたいと希望する里親が常に約400組は登録されているそうです。ダウン症の子どもが素直でかわいいからです。日本では里親そのものの人数が少ないですが、その存在を知ることでダウン症の子どもを産んで育ててみようという夫婦が増えるかもしれません。

 これまで抜け落ちていたと感じるのは、検査結果を受けて中絶を選んだ夫婦の心のケアです。強い罪悪感を抱き、うつ状態になったり、次の子どもを妊娠する決意ができなかったりしている複数の女性の話を聞いたことがあります。新型出生前診断は産科で実施しているので、中絶が終わると夫婦と医療機関とのつながりは切れてしまいます。その後も継続して相談できる窓口を設けるべきです。

 生殖医療技術は大きく進歩しています。新型出生前診断がいま対象にしている3種類の染色体変異のほかに、もっと色々な変異が妊婦の血液からわかるようになっています。検査を受けたい人がいる以上、一律に規制することはできません。ただ、検査で見つかる変異の中には、日常生活に何も問題が生じないものや、どのような症状につながるのかよくわからないものもあります。

 あらゆる人は、何らかの遺伝子の変異を持っています。それが人類の多様性にもなっています。出生前診断を考える際には、その点をよく理解してもらいたいです。

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記者のひとこと

 昨年10月から生活面の「患者を生きる」で、「妊娠・出産」について連載しています。流産を繰り返す不育症に悩まされた夫婦、胎児に重い病気が見つかった夫婦、自分の病気と闘いながら妊娠・出産した女性……連載を通じ、妊娠から赤ちゃんの誕生までは奇跡に近い営みだという思いを改めて強くしました。

 生まれるまでわからないことがたくさんあります。それでも検査技術が進み、望めば、生まれる前に赤ちゃんについて一定程度、わかるようになってきています。そんな手段のひとつが、採血だけでできる新型出生前診断です。今日から「患者を生きる」では、体験者の話を紹介しています。私も取材で、検査を受けた方や受けなかった方の話をうかがいました。

 「長年の不妊治療でやっと授かった赤ちゃん。安心のために可能な検査はすべて受けたかった。でも検査前、病気が見つかった場合のことは現実問題としては考えられませんでした」

 「異常があっても中絶するつもりは無く、新型出生前診断は受けなかったのに、通常の妊婦健診で障害が見つかりました。上に子どもが2人いて、子育てを心配した義母に中絶を勧められ、困りました」

 あらゆる出生前診断は、受ける前も受けた後も苦悩の種にもなり得ます。解析技術が進み、新しい検査が登場しつつある今、始まって5年になる新型出生前診断について改めて考えてみたいと思います。(大岩ゆり)

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「新型出生前診断」についてのご意見や体験をお寄せ下さい。asahi_forum@asahi.comメールするか、ファクス03・3545・0201、〒104・8011(所在地不要)朝日新聞社 報道・編成局長室「フォーラム面」へ。

 

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