永田豊隆
妻の介護を始めてから、周りの風景が以前とは違って見えるようになった。
大阪・中之島にある朝日新聞大阪本社は北に堂島川、南に土佐堀川という二つの河川にはさまれている。私が赴任した2000年代半ば、川沿いには数多くの野宿生活者が暮らしていた。かつては野宿者の存在を意識したことすらなかった私が、青テントや段ボールの寝床に沿って歩きながら、彼らの痛みを思わずにいられなくなった。
妻の過食嘔吐(おうと)に伴う食材費で借金返済に追われ、介護離職が現実味を帯びていたころだ。多重債務や失業から路上生活に入った人たちの姿が他人事とは思えなかった。
気がつくと、自然に、人の生き死ににかかわるテーマにばかり足が向いた。生活保護、多重債務、派遣切り、自殺。「どうしてお前は好き好んで暗いネタばかり追っているんだ」とあきれられた。
妻の症状が悪化するにつれて、安らげる居場所がなくなったが、取材に打ち込むことで忘れることができた。貧困の当事者に話を聞かせてもらうと「つらいのは自分だけじゃない」と思えた。
だが、逃避できない場合もある。
精神疾患には多かれ少なかれ好不調の波があり、急変も起こる。仕事と介護を両立するうえで、見極めが難しい。
2007年夏、取材先から本社に戻る途中、携帯が鳴った。表示を見ると妻だ。
「あなた、さようなら」。何のことか尋ねると、「死のうと思って、睡眠薬を大量に飲んじゃった」。
頭が真っ白になった。119番…
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朝日新聞社会部