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 「杉原千畝(ちうね)の見た中津川」と題した企画展が1日、中津川市本町の中山道歴史資料館で始まる。テーマは、千畝と千畝が幼少期に過ごした同市との「精神風土」の共通性だ。千畝の母校、市立南小学校(当時は中津尋常高等小学校)で3月まで校長を務めた鎌田宮樹さん(60)と同館館長の安藤嘉之さん(62)が、様々に調べた成果を展示する。

 第2次大戦中にリトアニアの日本領事代理として「命のビザ」を発給し、多くのユダヤ人を救った千畝(1900~86)。その千畝が同校で就学したことはわかっていたが、鎌田さんは当時の千畝の正確な居住地も突き止めた。

 同校には明治初めの開校以来の学籍簿や日誌が残り、それによると千畝は1906(明治39)年4月に入学し、1年生を終えた07年3月末に三重県の桑名に転出した。中津川での在住は05年10月から。税務署の官吏だった父らとともに、明治後期の1年半を中山道の宿場町で過ごした。

 就学や転入出の経緯を当時の税…

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