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 ノルディックスキー複合の2009年世界選手権団体で、同種目では日本勢14年ぶりの金メダル獲得に貢献した加藤大平(サッポロノルディックク)が3日、今季限りでの現役引退を明らかにした。3大会連続五輪となる平昌代表から漏れたためで、まだ余力を残しながら決断した。

 北海道出身では珍しく、ジャンプと距離を合わせて競う複合のトップ選手だった。道内でノルディック競技は、より遠くに飛ぶジャンプや、より速く滑る距離が単独種目として人気が高い。この傾向は本場の欧州でも同じだ。

 「道産子でもやれるところを見せたい」。ぼくとつとしながら、たまに口にする加藤の思いだ。和寒(わっさむ)町立和寒小4年のときにジャンプを始めたが、どちらかといえば苦手な方だった。だが、中学で複合競技に取り組むと飛べるようになり、活路を見いだした。下川商高を卒業した後はサッポロノルディッククラブへ。子会社の不祥事などで02年に廃止された雪印スキー部(当時)複合部門の選手らが「北海道の複合を強くしたい」と作ったクラブチームだった。

渡部暁斗につないで快挙

 「複合ニッポン」復活ののろしを上げた09年世界選手権では、いいつなぎ役となった。ワックス選択がはまり、滑りに滑った後半距離で、2番手の加藤は当時20歳だった渡部暁斗(現北野建設)につないで快挙を達成した。その後は渡部暁らに、時にいじられるリーダーの役回りを担った。

 14年ソチ五輪の個人ラージヒルでは前半ジャンプで転倒し、左ひじを骨折して棄権。団体戦も棒に振った。その雪辱を期すために今年2月の平昌五輪をめざしていたが、代表の座を逃した。2年前に結婚した妻(28)からは、「オリンピックで(活躍するのを)見てみたい」と言われていたという。「連れて行けなくて、本当に申し訳なかった。まだワールドカップでは戦えるけど、4年後の五輪は考えられない」。加藤は小さな声で振り返った。

 道内だけでなく、いまや全国的に複合に取り組む若手が減っている。今後の活動は未定だが、思いは決まっている。「いつかは複合のために役立ちたい」(笠井正基)