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文化人類学者・磯野真穂さんに聞く(下)

 文化人類学者の磯野真穂さんは、2年前から「1億総やせたい社会を見つめる」として「からだのシューレ」というワークショップを開いてきました。やせていることや「カワイイ」など、ふだん「当たり前」だと感じていることを、「『本当にそうなのか』と少しずらして考えてみませんか」と提案しています。磯野さんに思いを聞きました。

女の子の体の変化 肯定する力、弱い

 ダイエットや食べることに興味があり、ワークショップ「からだのシューレ」に来てくれた人は、中高生の頃に身近な人から何の気なしに「太った」「ダイエットしたら?」と言われたことを覚えています。それで「やせなきゃダメなんだ」と思ってしまう。

 思春期の女の子には身体の変化がきます。それに対して「変わっていいんだよ」と、女の子を守る力が弱すぎると思います。

 親や専門家は、ただ単に「ちゃんと食べないと生理が止まるよ」「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)になるよ」「子どもが産めないよ」と不安をあおります。ですが、女の子にとっては、目の前の人に「デブ」と言われない切迫した「今」の方が大切ですよ。その子にとって、太ることがどう恐怖なのか、社会の構造をふまえて対策を練っていかないといけないと思います。

外からの視線にとらわれないで

 摂食障害の人は、体重や体形といった外からの視線でがんじがらめになって、小さい頃には何も考えずにできていた「食べること」が分からなくなってしまったのだと思います。

 昔話に「ムカデのダンス」というものがあります。ダンス上手なムカデが楽しく踊っていたけど、いじわるなカエルに「○本目の足と○本目の足を動かしてみて」と言われてから、踊り方を忘れてしまった、という話です。摂食障害と似ているなぁと思います。

 ふつうに食べていたのに「こういう風に食べなさい」と言われ、これまでできていたことができなくなってしまう。食べることを、栄養素やカロリーで管理しようとすることって、外から客観的に自分を見ていることです。これをずっとやっているのは本当にしんどいですよ。

人生は「体重」だけじゃない

 「ありのままの身体でいい」という社会は古今東西ありません。どの社会にも理想の身体というのはあります。

 日本は「やせた体がいい」という風潮が過剰すぎます。ネット上では、やせすぎの部類に入る「シンデレラ体重」という言葉も広まってしまいました。

 私自身、ずっとぽっちゃりと言われ、やせたいと思っていましたが、アメリカに留学したら一転「スリムだね」と言われました。「日本の社会ってなんなんだろう」と感じました。

 ただ、そんな考え方から距離を取ることはできますよ、と伝えたいです。人生って体重だけじゃない。もっと彩り豊かなのが人生です。数字ではないストーリーの中で生きてほしいと思います。

 自分の目に視点を戻して、自分の目で世界を見て、「自分にとって本当に大切なものは?」「失ったら困るものは何?」と問いかけてみてほしいです。あなたが今何を見て何を感じているか、何が嫌で何を大切としているか、ということを大事にしてほしいと思います。

当たり前と思っていることを「ずらす」

 本やワークショップでは、「当たり前をずらす」を大事にしています。考え方を少しずらす意識です。「食べることって、ふつうではなく、実はたいしたことだよね」とか「やせ=ステキって誰が決めたの?」とか。当たり前だと思っていることをもう一度考え直してみてほしいんです。

リスクの恐怖を植え込む社会

 今の社会は、欲望をコントロールしている、自己管理をしていることが「かっこいい」「がんばっている」になっています。医療費の面でも「日々の自己管理」が声高に言われます。けれど、それって健康診断にも引っかかっていない健康な人に必要でしょうか。

 自己管理を始めると、病気になったり社会の理想とされる体形から外れたりした時に、罪悪感を持つようになってしまいます。いっそ体重を測らないという手もありますよね。「この社会は数字で縛られている社会なんだな」と気づくだけでも違うと思います。

 予防やヘルスプロモーションでは、「健康な人」の人生にリスクをいかに実感させるかが重要です。「糖質をとると太る」、「○○するとこんな危険が……」と。それに気を取られすぎるのは、今この時間を感じて生きるのではなく「将来のリスクを避けて生きる」生き方ではないでしょうか。今を犠牲にしているのでは、と思います。

 エビデンス(科学的な根拠)は変わることもあります。食べ物や健康情報はちょっと斜めにとらえて、考え方をずらせると少し楽になるのではないでしょうか。

   ◇

いその・まほ 文化人類学者。留学したオレゴン州立大で専攻を生理学から文化人類学に変更。2001年、シンガポールで摂食障害の調査を行う。15年、摂食障害の当事者にインタビューを重ねた『なぜふつうに食べられないのか―拒食と過食の文化人類学』(春秋社)を出版。16年から2年間にわたり、「一億総やせたい社会を見つめる文化人類学ワークショップ・からだのシューレ」を開催した。昨年6月、『医療者が語る答えなき世界―「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書)を出版。

<アピタル:やせたい私~摂食障害のいま>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/yasetai/

(聞き手・水野梓)