佐々木康之
2018年4月16日17時51分
太平洋戦争の末期、沖縄への海上特攻に向かう戦艦「大和」とともに沈んだ随伴艦らしき船が、鹿児島県沖の水深約440メートルの海底で見つかった。2016年5月、総合海事会社が探査。今年2月、専門家がその位置や映像記録を基に、駆逐艦「磯風(いそかぜ)」の可能性が高いとの見解を示した。沈没から73年。磯風の元乗員たちの心には、いまも最期の姿が焼き付いている。
1945年4月7日夜、米軍機から至近弾を受け航行不能になった磯風は、僚艦「雪風(ゆきかぜ)」に沈められた。「二二四〇 磯風 雪風ニテ砲撃処分沈没」。磯風の所属部隊、第2水雷戦隊の戦闘詳報には、こう記されている。
被弾したのは午後2時前。磯風は大きく揺れ、甲板下の機械室が浸水した。別の詳報は「機械室満水航行不能」と記している。
「(爆撃してきた米軍機に)機銃で応射したが、間に合わない。舷側がぺしゃんこになって水が入り、船の中は真っ暗になった」。砲術科の旋回手だった橋本(旧姓貞藤)武生さん(94)=広島県世羅町=は当時を語る。
橋本さんは艦橋上の区画にいた。攻撃目標に照準を合わせ、主砲要員に射撃を指揮する小さな部屋。「右旋回いっぱーい」。砲術長の指示で目に当てた照準装置を回そうとした時、カーンという音とともに衝撃が走った。
橋本さんの目の周りに、照準装置が食い込んだ。「けがして、何もできない。外へ出て、艦橋の手すりにつかまっていた」
おぼろげな視界の先で、大きな船が傾き、沈んだ。至近弾を受けてから約30分後。「世界一の戦艦」とも、「不沈艦」とも呼ばれた大和だった。
「ああ、沈んだのお。あれが大…
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