「嘆きのボイン」のヒット曲でも知られた落語家の月亭可朝(つきてい・かちょう、本名鈴木傑〈すずき・まさる〉)さんが3月28日、急性肺線維症のため兵庫県内の病院で亡くなった。80歳だった。葬儀は近親者で営んだ。

 神奈川県出身。上方落語の三代目林家染丸に弟子入りしたが桂米朝一門に移り、桂小米朝を名乗った。1968年に月亭可朝となり、翌年に作詞作曲した「嘆きのボイン」がヒットした。

 カンカン帽にメガネの独特の風貌(ふうぼう)で親しまれ、テレビ番組「ヤングおー!おー!」などに出演。笑福亭仁鶴や桂三枝(いまの六代桂文枝)らとともに若い世代の人気を集めた。

 71年に突然、参院選に立候補して落選。2001年の参院選でも再び落選するなど、芸能活動以外でも世間をたびたび騒がせた。落語家としては米朝が復活させた演目である「算段の平兵衛」などを手がけた。

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 桂文枝さんのコメントは以下の通り。

 ここのところ連絡が取れなくなって心配していたのが現実となって、ショックで、何を話せば良いのか思い出がありすぎて整理がつきません。本当に面白くて、規格外の方でした。

 この世界に入った時から可愛がっていただきました。稽古に初めて行った時、アパートの二階の部屋の押し入れにバスタブがあって、びっくりしたのが、びっくりの始まりでした。

 本当に、映画や余興の仕事で、いっぱい思い出がありますが、そもそも繁昌亭を作ろうと決心したのも、これだけ売れたんやから、落語界に恩返しせないかんでと、言われて始めたのですが、そのことを忘れておられたのはショックでしたが、とにかく、いろんなことで、支えていただきました。ありがとうございました。

 感謝をしきれませんが、心よりご冥福をお祈りいたしたいと思います。