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桜ものがたり2018

 大阪府豊中市にあった国立療養所刀根山病院(現・国立病院機構刀根山病院)の桜を、堺市中区の長田千鶴子さん(71)は懐かしくもつらい記憶として思い出す。

 9歳の時、長田さんは母を亡くした。結核を患った母は、長田さんが物心つく前から刀根山病院に入院し、病院の奥、長い長い廊下の果てにある10人ほどの相部屋で過ごしていた。戦後すぐで家は貧しく、指物大工として働く父も忙しく、年に数回だけ病院の母を訪ねた。

 阪急蛍池駅を降りて、10分ほど歩いた小高い山の上に病院があり、門に向かって坂を上ると、道の両側は桜並木だった。母に会える喜びもあり、満開の桜の下を歩くうれしさは格別だった。母を訪ねた長田さんは、桜が咲く庭に座って、父母弟と家族4人で祖母が作った折り詰めの弁当を一緒に食べたのを覚えている。数少ない母との記憶の中で、思い出す一番のなつかしい景色だ。

桜にまつわるエピソード
読者のみなさんに、桜にまつわるエピソードを寄せていただいた「桜ものがたり2018」。これまでに紹介させていただいた以外にも、印象に残る話がたくさんありました。その中から、みなさんの思いが詰まった「桜ものがたり」を、いくつかご紹介させて頂きます。

 だが、7年間の闘病生活の末、母は亡くなった。しばらくは桜の花を見るのもつらかったという。今も病院に、桜並木や庭の桜があるのか分からない。長田さんも、母に会えなくて寂しい思いをしたが、我が子から離れひとり病院で過ごす寂しさや悲しみはどんなものだったか。桜が咲く頃になると、思わずにはいられない。

桜と見守る、わが子の成長 神戸市北区

 神戸市北区の田上円(つぶら)さん(49)は泉台2丁目バス停近くの桜がお気に入り。高台へ上がる階段沿いに数本植えられており、個人的に「桜坂」と呼んで親しんでいる。

 いつ見頃になるか、春になると買い物や仕事の行き帰りにドキドキワクワクしている。毎年満開の桜と子どもたちの写真を撮るのが恒例となっているからだ。きっかけは息子の幼稚園入園。その後生まれた娘との何げない1枚など、年を重ねるごとに大切な思い出が増えている。桜がともに子どもの成長を見守ってくれているように感じる。

 現在は高校3年生と小学6年生となり、2人を同時に写す機会を見つけることが年々難しくなっている。今年は4月上旬、学校に行く前の子どもをつかまえて無事撮影を終えた。子どもたちが我が家を巣立つまで撮影を続けていきたいと思っている。

涙で別れを告げた賀茂川の桜 京都市

 34年前の春。京都・賀茂川にかかる葵(あおい)橋を歩いていた澤本美奈子さん(59)は、目にとびこんできた真っ青な空と満開の桜と、自分に向かって流れる川を見て、思わず立ち止まった。「次に見られるのはいつだろう。いや、もしかしたら最後かもしれない」。結婚が決まった喜びと、全く知らない町へ行く不安と寂しさの中で桜を見ながら、涙が止まらなかった。

 堺市へ移り住んでからは、一度も見ることも思い出すこともなく、走り抜けるように過ごしてきた。同じ関西圏でも話すスピードについていけず、部屋に閉じこもることもあった。それでも懸命に生きてきて、知らない町で育てられ、地域で認められる存在になれた。

 あの涙の旅立ちがあってこそ、別人のようにたくましい今の自分がいる。還暦を迎える今年、不意に当時の自分を思い出した。そんなかつての自分に「大丈夫やで、いけるで」と声をかけてあげたい。

桜並木に重なる亡夫の姿 大阪府岸和田市

 大阪府岸和田市にある市墓苑の外周道路は、毎年見事な桜のトンネルに包まれる。近くに住む星川成子さん(66)にとって、桜の季節は亡くなった夫・豊さんの命日と重なる。

 3年前の3月、突然職場で体調を崩した豊さんはすぐに入院。それから1週間もたたずに息を引き取った。多臓器不全だった。慌ただしく葬儀を終えて火葬場に向かう途中、霊柩(れいきゅう)車の中から満開の桜並木が見えた。毎年必ず豊さんと車で見に来ていた景色だったが、入院や葬儀の手続きに追われ、桜の開花に気を留める余裕もなかった。「今年もきれいに咲いたよ」。遺影を抱きながらつぶやくと、涙がこぼれた。

 義母、3人の子ども、5人の孫が集った今年の4回忌。市墓苑にある豊さんの墓に向かいながら、満開の桜のトンネルを通り抜けた。家族全員を包み込む桜並木に、6歳年上で優しかった豊さんの姿が重なる。「みんな元気だよ」と心の中で話しかけた。

奈良九重桜、命名者の思い

 奈良公園(奈良市)の春を彩る八重桜のなかに、形は似ているがピンクが濃い花を咲かせているのが「ナラココノエザクラ(奈良九重桜)」だ。1998年、約1年間の観察を短報にまとめ学会誌に発表。学名を付けたのが愛好家の平野弘二さん(89)だった。

 小学生の頃から、空き地や道ばたで植物を集めては標本にしてきた。中学校の教員時代、北海道から九州まで採集旅行にも行った。植物の研究会などに所属し、多種にわたる桜の調査に没頭していた。そんなとき、お世話になっていた方から、通称「九重桜」と呼ばれていた桜を紹介された。

 堺市の自宅から奈良公園まで電車で通い、奈良九重桜を観察し続けた。春は花、秋はくすんだ紅葉、冬には芽…。移りゆく季節に合わせてスケッチを描いた。山桜は普通がく片は5枚だが、奈良九重桜は10枚もあることがわかった。

 年を取り奈良公園に足を延ばせていないが、「あでやかな花を今年も咲かせてくれているはず」と話す。