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桜ものがたり2018

 中学校の体育教師だった西岡京子さん(62)には、第2の人生の原点といえる桜がある。定年退職後、新しい拠点を求めて出会った大阪府能勢町の古民家の庭にぽつんと植えられていた、小さな桜。週末限定の雑貨屋「BルCAT(ブルーキャット)」を開店した1年前の春、祝福するかのように濃い赤色の花を咲かせてくれた。

 手探り状態のまま店を始め、ひとつ行動するたびに、人とつながっていく1年だった。畑を耕していると誰かが声をかけてくれ、困った時には必ず誰かが助け舟を出してくれる。学校と家を往復していた頃には考えられないほど、心強いつながりができた。

桜にまつわるエピソード
読者のみなさんに、桜にまつわるエピソードを寄せていただいた「桜ものがたり2018」。これまでに紹介させていただいた以外にも、印象に残る話がたくさんありました。その中から、みなさんの思いが詰まった「桜ものがたり」を、いくつかご紹介させて頂きます。

 夏はハチやヘビに悩まされ、冬は水道の蛇口につららができるなど、慣れないことも多いが、感謝しかない毎日を過ごせている。今年は少し早めに咲いた庭の桜も、「よかったね」と語りかけてくれているようだ。

母の死を覚悟した時、桜が見守った 大阪市住之江区

 大阪市住之江区の安井千津子さん(67)は近くの住吉川沿いを歩きながら、涙を止めることができなかった。満開の桜は散り始め、少しの風で嵐のように舞った。ピンク色に染まった川面を見ながら、こみあげる感情を抑えることができなかった。

 「終末医療はどのように希望されますか」。6年前の春、病院の医師と母の治療について話し合っていた。91歳で、徐々に食事の量が減ってきていた。数年前から認知症が悪化し、近くのグループホームで生活していた。食事がとれない時の栄養補給や、人工呼吸器をつけるのかなど、先のことも考えなければならなかった。

 口に出すことは怖かったが、これまで考えていたことを伝えた。「自然にまかせたいんです」

 父は20年以上前にみとった。93歳だった。両親は厳しくも、大切に育ててくれた。母はしっかりもので勝ち気な性格。娘である自分がそんな母の命を決めてしまうのではないか。胸が痛くなった。

 医師に考えを伝えた後、向かったのは住吉川の桜並木。空は青く、桜の花びらは自分に向かって降ってきた。まるで包み込まれるかのような感覚になり、気持ちは少し落ち着いた。

 母はその後入院した病院で息を引き取った。「これでよかったのかな」。安井さんはあの時の桜は一生忘れることはないと思っている。

病床の友に送った一本桜 大津市

 大津市の棚田の奥に咲く1本の老桜を見ると、長谷川宏さん(64)は亡くなった親友を思い起こす。

 親友の均(きん)さんは会社の上司で、同じ名字。四つ年上だったが、なぜか馬が合った。退職後も家族ぐるみで付き合い、老後のことを話し合った。

 4年前の秋、健康診断がきっかけで均さんに肺がんが見つかった。すでにステージ4。「すぐ完治するぞ」と強がっていたが、不安な胸中は察していた。入院後は気持ちが少しでも晴れるようにと、毎月美しい風景を写真に撮って病室に送るようになった。

 半年後、残雪の比良山を背に咲く立派な一本桜をテレビで見た。山の見え方を頼りに地図に線を引き、1週間探し回って見つけた。「ベッドの横に置いて眺めてるよ」と話してくれた1カ月半後、均さんは息を引き取った。

 「命ある限り、あなたはがんばって咲いてちょうだい」。毎年、ひっそりと美しく咲く一本桜の前で、宏さんは手を合わせる。

絶望を救った通学路の桜 大阪府吹田市

 橋本ゆかりさん(49)は34年前、通っていた大阪府吹田市の高校近くで見た桜のじゅうたんが忘れられない。

 入学早々にあった体力測定。苦手な50メートル走のタイムが遅く、一部のクラスメートに「のろま」とからかわれた。中学でもいじめを受けていたため、「高校でもいじめられるのか」と気持ちがふさぎ、追い詰められていた。

 その日の夕方、正門を出てバス停に向かう下校途中、ふと通学路をそれると、歩道を隙間なく覆う桜の花びらが目に飛び込んできた。「鉛色に見えていた世界に、一気に色が付いたようだった」。絶望の中で感じた少しの感動が、折れそうな心を救ってくれた。

 その後は違うクラスに友だちができたり、部活の書道に夢中になったりして高校生活を乗り切った。あの時桜が見せてくれた息をのむほどの美しさに、今も感謝している。

優しく見守る交番脇の一本桜

 神戸大学(神戸市灘区)の大学院生だった井上慶子さん(31)は、通学途中の路線バスの窓から見えた、1本の桜に心を救われた。

 大学院の入学を機に、初めての一人暮らしがスタート。期待に胸を膨らませていた。だがその夏、以前から抱えていた持病が悪化して、不安で朝を迎えることにおびえる日々が続いた。

 ふさぎ込む心に光を差し込んでくれたのが八幡交番隣にあった桜だった。バスの窓から見える桜の下には小学生やお年寄りが行き交い、みんなを優しく見守ってくれているようだった。ある日、いつもは車窓から見る桜の下に立って眺めると、包み込んでくれるような安心感があった。「花びらの薄いピンク色で、世界がきれいに見えた」。徐々に食生活がコントロールでき、前を向けるようになった。

 今は小学生から志した海外での人道支援に携わり、ハイチなどでも活動した。「言葉には表れない痛みやつらさがわかる人間でありたい」。井上さんはそう思う。