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 群馬県高崎市のJR高崎駅から車で約15分。市街地を抜け、緩やかなカーブの坂道を行くと、山林に囲まれた丘陵地が広がる。東京ドーム50個分の約232ヘクタールの敷地に、知的障害のある人が暮らす13棟の生活寮、診療所のほか、運動場やプール、資料センターなどが点在する。半世紀近く前の1971年に開園した、国内唯一の国立知的障害者施設「のぞみの園」だ。

新規の入居受付はせず

 入居しているのは、今年1月時点で233人。30年以上暮らしている人が約8割を占める。65歳以上の高齢者は、この10年で2割から6割に増えた。新たな入居者は受け入れておらず、高齢化のスピードは全国の障害者施設に比べて10年ほど早いという。

 平日の午前に「なでしこ寮」を訪ねた。平均年齢は77歳で、最も年齢層が高い女性たち18人が暮らす。最高齢の佐古美也子さん(93)たちが、足浴とアロママッサージを楽しんでいた。「気持ちいいですか?」と生活支援員が語りかけると、佐古さんは左手を支援員の手のひらにタッチ。笑みがこぼれた。

 入居したのは46年前。当時は食事の準備など他の入居者の世話をして、支援員に洗濯物のたたみ方を教える「お姉さん」的な存在だった。運動会では、リレーの選手として活躍。かぎ針を使った編み物が得意で、毛糸の帽子を支援員にプレゼントする腕前だったという。地域で暮らすことを目指した時期もあったが、家族の意向で施設で暮らすことに。72歳の時に脳梗塞(こうそく)を患い、認知症の診断を受けた。今は車いすに乗ってデイルームでくつろぎ、日中でもベッドで横になることが多くなったという。

 午後の日中活動の時間。佐古さんは車いすでうとうと。デイルームの一角にある畳敷きのスペースでは、数人が布団で眠っていた。傍らでおしゃれ好きな吉田綾子さん(77)がおはじきを箱に入れるゲームを楽しみ、職員室では若泉カネさん(83)が自由の利く右手でタオルをたたんだり音楽を聴いたり。それぞれ興味を持てる活動ができるように準備することが、高齢者支援には欠かせない。

一人ひとりのそばに支援員

 のぞみの園が「国立コロニー」と称された1971年から2003年まで、施設はできることを増やす「指導・訓練」が中心だった。しかし、入居者の高齢化に伴って大切にしているのは「寄り添い支援」。できるだけ一人ひとりのそばに支援員がつき、体調の変化や表情を観察し、言葉が少なくなった人たちの思いをくみとる。廊下を行き来する人の姿が見えると落ち着かない人もいるため、デイルームをパーティションで囲み視界をさえぎるなど、くつろげる環境を整え、介護浴槽や歩行訓練ができる平行棒を廊下に置くなど健康維持にも取り組む。

 園は必要な支援ができるように、05年から寮の再編を始めた。入居者を高齢による機能の低下が見られる人、医療的配慮が必要な人など4グループに分け、13寮に配置した。

 56歳から83歳までの男性18人が暮らす「やまぶき寮」は、医療的配慮が必要な寮の一つ。移動や食事、排泄(はいせつ)、入浴などで全面的な支援が必要な人が多い。肝硬変や動脈閉塞(へいそく)症など全員が何らかの疾患を患い、通院も欠かせない。

 3月上旬の午前、田中知足(ちたり)さん(69)は前日から眠れず、自室のベッドで横たわっていた。10年ほど前から認知機能の低下が進み、リウマチや右前大脳動脈の狭窄(きょうさく)など複数の疾患を患う。

 昼食の時間が近づき、支援員が体調をみながら2人がかりでベッドから車いすに移乗。「ご飯ですよ」と田中さんに声をかけ、誤嚥(ごえん)を防ぐため唾液(だえき)の分泌を促すよう耳やあごの下などをマッサージして食堂へと付きそって行った。

 食事は園の診療所の医師が出す「食事箋(せん)」に基づき、一人ひとりのご飯やおかずの量が決められ、ゼリー状にしたソフト食や一口大のサイコロ食などが用意される。壁には「介助時のスプーンに乗せる量の基準」と書かれた紙が張られ、「一度に口の中に入れる食事量が多いと窒息の原因になります」といった注意事項が並ぶ。医師や歯科衛生士らからなる園の摂食嚥下(えんげ)障害支援チームの指導を踏まえたもので、のみ込む機能が弱くなっている人が多いため、支援員に注意を促す。食物をのどに詰まらせないか、眠ってしまう人はいないか、支援員5人が食事介助をしながら神経を研ぎ澄ませて見守る。薬の袋には朝昼晩の区別がつくよう赤、黄、青の印をつけて、飲み間違いを防ぐ工夫もしている。

 床ずれ(褥瘡(じょくそう))を治療中の男性のテーブルには「食事時間を自立で15分、介助で20分」と書かれた紙とタイマーが置かれている。男性は1人で食べられるが、1時間ほどかかる。支援員が介助することで食事時間を短くし、おしりの床ずれの悪化を防ぐ試みだ。食べ始めて15分たつと、ピピピピとアラームが鳴った。支援員が介助を始める時間だ。

 限られた支援員のなかで、一人ひとりに寄り添う支援に力を注ぐ。食堂にはたんの吸引器も。万が一の時、園の診療所の看護師に処置を頼むためだ。

 ゴホン、ゴホン。食事中、あちこちで、せき込む声が聞こえる。田中さんを介助していた吉田英子寮長(59)が素早く、むせかえる男性のテーブルへ。背中をぽんぽんとたたきながら「大丈夫ですか? あごを引いてごっくんしてください」と呼びかけた。

 吉田寮長は「自分で不調を訴えられない人たちの異変をいかに気づくか、医療的配慮が必要な寮ではなおさら緊張感のある支援が求めらます」と話す。手が冷たい、鼻水が出ているといった変化を察知し、健康維持に細心の注意を払い、「一つの支援の前には必ず言葉かけ」を実践。「安心・安全・丁寧な支援」を掲げる。

介護予防を食事場面に取り入れ

 吉田寮長が「やまぶき寮」の担当になったのは9年前。介護は初めての経験だった。介護福祉士やたんの吸引ができる資格をとり、食堂のテーブルの配置も支援員の目が届きやすいように工夫した。理学療法士や介護の専門家らの指導を受け、ベッドから車いすへの移乗方法や車いすの正しい座り方など介護技術を支援員全員で学んだ。園全体でも取り組みが進み、64ページに及ぶ介護マニュアルが支援員全員に配られている。この4月からは、栄養の改善や口腔(こうくう)機能の向上など介護予防を食事場面に採り入れ始めた。

地域移行の取り組みも

 高齢化した入居者への支援を強める一方、03年からは入居者を出身地へ戻す「地域移行」の取り組みを始め、全入居者に働きかけた。やまぶき寮にいた61歳の男性は昨年、家族が暮らす出身地の新潟県内の障害者施設へ。なでしこ寮からは70代の女性が今年3月に出身地の静岡県内の高齢者施設へ移った。

 1971年から入居するやまぶき寮の田中さんの家族は、環境が変わると落ち着かなくなることなどを理由に移行を希望しなかった。06年には食べ物以外のものを口にする異食も見られるようになり、ドクターストップとなった。

 田中さんの妹の中村薫さん(67)は、こう語った。

 「兄が若い頃なら移行を考えたかもしれません。でも、高齢になってからは医療や見守りが必要です。高齢になった家族にとっても園に診療所があるのは何より安心。兄のように介護度が高い場合、地域で暮らす環境整備がまだまだ必要です」

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http://www.asahi.com/apital/medicalnews/focus/(森本美紀)