拡大する写真・図版 亡くなる約1カ月前の6月5日、パリから戻った妹(右)が羽田空港から直行した。ソプラノ歌手として欧州を演奏して巡るため、父に自分の携帯を渡し、旅先からも毎日電話をかけてきた

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もうすぐ父が死んでしまうので:4(マンスリーコラム)

 「はい! 今日のお父さん。笑って」

 父にそう呼びかけてスマホで撮り始めたのは、ちょうど1年前の今ごろからだ。差し入れたプリンを食べる、寝たままテレビで巨人戦のナイター中継を見る、パリから戻った妹(40)と私に挟まれて苦笑いする。実家からカートを押して電車で1時間半かけて見舞う母(83)と一緒の場面も。

 私の自宅近くの総合病院に父が転院してきたことで、私は父の闘病のキーパーソンになった。父は末期の膵臓(すいぞう)がんの進行に伴い、体の痛みや便秘の不快さを訴え始めていたが、私がスマホをかざす時は必ず笑顔になった。

 取材先への移動中や面会終了までのわずか数分でも病室に立ち寄り、その日の姿を写真に収め、短い文章をつけて私のフェイスブック(FB)に投稿した。

 例えば、我が家の近くの鮮魚店で買ったギンダラの西京漬けを焼いて夕食前に持っていった4月26日の投稿。

 《「本当にうまいよ。こんな良い味はなかなか出せるもんじゃない」。そう言って半身をペロリと平らげ、さらに一言。「生きてるって、こういうことなんだね」。おいしいものを食べるってこと? と聞いたら、ニッコリ笑ってうなずいた》

 4月30日には、夕食をとる父に私が自撮りで加わって、「出張先から駆け込んだ(笑)」と添えて発信した。

 友人や取材で知り合った方々など、約4千人いるFBの「友達」に向けて、父を介護していることや「にわか親孝行娘」ぶりを報告した。兄(51)や妹に父の様子を伝える意味もあったし、日記のように記録できることも良かった。

 だが実際の私は、バリバリ働く同僚に負い目を感じながら消えるように職場を去り、病室で手持ちぶさたな時間を過ごし、夜は下を向いて帰った。本当は逃げたかったのだ。寂しくて、孤独だった。

 「父が、もうすぐ死んでしまう」。心の中で繰り返すフレーズは、1日か2日おきに面会する兄や、なかなか会いに来られない母や妹には言えなかった。しかし夫(46)の前では思っていることをまとまらないまま口にし、怒りがこみ上げた。

 「なんで、お父さんが死ななく…

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