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 東京都の足立区立中学で3月にあった性教育の授業。「性交」や「避妊」という言葉を使い説明した点を都議が問題視し、都教育委員会が「不適切」として区教委を指導することを記事にしたところ、多くの反響がありました。中学生への性教育はどうしたらいいのでしょうか。

授業の狙いは 正しい知識で選択する力養う

 足立区立中の性教育の授業は、どのような内容だったのでしょうか。その授業を現場の教員と連携して作ってきた、宇都宮大学の艮香織(うしとらかおり)准教授(保健学)に聞きました。

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 6年前から足立区立中の教員と授業作りに取り組んできました。総合的な学習の時間を使い、1年生では「生命誕生」や「女・男らしさを考える」、2年生では同性愛などの「多様な性」をテーマにしています。今回問題とされたのは3年生の「自分の性行動を考える」という授業で、その次は対等な関係を考える「恋愛とデートDV」となります。

 授業の目標は、正確な情報や科学的知識に基づき、リスクの少ない性行動を自ら選択する力を養うことです。今回の授業では、最初に生徒同士で「高校生の性交は許されるか」を本音で討論。そのあと、10代の人工妊娠中絶数や産んだ子どもを遺棄した事件の新聞記事などを紹介し、正しい知識を持つことの重要性を伝えます。

 その上で、中絶可能期間や避妊方法について説明。避妊の知識がなければ性交する資格がないこと、性交をしないことが確実な避妊方法であること、困ったときには相談機関があることも伝えます。先生が生徒に一方的に性道徳を教えるのではなく、一緒に話し合い、自ら考えてもらうことを重視しています。

 生徒にアンケートをすると、授業前は半数近くが「2人が合意すれば、高校生になればセックスをしてもよい」と回答しますが、授業後はその割合が10ポイント以上減少します。正しい知識を伝えることで、性行動に慎重になることがわかります。

 性教育をすることで「子どもが興味を持ってしまったら危険だ」と考える人もいますが、子どもたちをもっと信頼していいと思います。性はいやらしいものではなく、人権を基軸とした学びととらえるべきです。私たちの授業も、いまの内容が最善だとは思っていません。生徒や保護者から意見を聞き、保健所など様々な行政機関と連携しながら、試行錯誤を重ねています。それでも、子どもたちの現実に向き合って、よりよい教育を模索していくことがなにより大切だと感じています。(聞き手・塩入彩)

指導した都教委 中学生にふさわしくない

 中学生の保健体育の学習指導要領では、1年生で生殖にかかわる機能の成熟や受精、妊娠は扱われるが、「妊娠の経緯(妊娠に至る経緯)は取り扱わないものとする」とあります。3年では性感染症の予防として、「感染経路を絶つために性的接触をしない」と教えますが、性的接触の具体的な内容には触れません。

 東京都教育委員会は、足立区立中での授業について、小中高のいずれの学習指導要領でも扱いがない「性交」、高校で扱う「避妊」「人工妊娠中絶」を教えたことは、「中学生の発達段階を踏まえてふさわしくない」としています。授業が保健体育ではなく総合学習として行われたことについても、「保健分野に偏り過ぎている」と見ています。「全生徒を対象にした授業では、性交を助長する可能性もある。必要があれば個別指導がふさわしい」というスタンスです。

 指導要領の効力について、保健体育を担当するスポーツ庁は「最低限、指導要領にある内容は教えて下さい、というもの。必ずしも、指導要領にないことを教えてはいけないということはないが、何を教えてもいいということでもない」としています。(斉藤寛子、根岸拓朗 斉藤寛子)

指導要領、足かせになることも

 学校で性教育にかかわる人や思春期の子を持つ保護者ら、様々な立場から寄せられた声をたどって話を聞きました。その一部を紹介します。

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 埼玉県内の中学校や高校で性教育の講演を続ける助産師の桜井裕子さん(53)によると、性に関する知識を友達や先輩から得ている子が多く、「キスだけで子どもは出来ますか?」といった質問もあるそうです。暴力的なアダルトビデオ(AV)を見て、「女性はセックスを嫌がっていても最後には喜ぶ」と信じている男子や、「嫌でも応えなくては嫌われる」と思っている女子もいて、「AVに惑わされている」と感じるそうです。

 桜井さんは、助産師として中学生の妊娠や中絶も見てきました。妊娠したら生理が止まることを知らなかった子や、「妊娠は奇跡的なこと」と学んだため、一度のセックスで妊娠するはずがないと思っていた子もいたそうです。

 伝えたいことは多いのに、指導要領が足かせになることも。例えば、「性行為」「性交」や「セックス」という言葉は現在の教科書にないため、事前に校長の許可が得られなければ使いにくいといいます。許可されなければ教科書に載っているように「性的接触」と伝えますが、ポカンとした様子の中学生を前に、もどかしい気持ちになるそうです。

 講演後には「この講演会がなかったら彼女を妊娠させていたかも」「性感染症があることを初めて知った」といった感想が寄せられ、性交に対して慎重になる子がほとんど。桜井さんは「性教育をする側がびくびくせず、子どもたちのニーズに合った情報提供をできれば、というのが願いです」と話しています。

 東京都内の乳児院で非常勤保育士として働く50代の女性は、親が大学生や高校生である場合など「予期せぬ妊娠の結果生まれた赤ちゃんが少なくない」と感じているそうです。入所している子どもに会いに来ない親もおり、心を痛めています。「赤ちゃんを授かりたい願いがあり、妊娠を心からうれしいと思う。そんな妊娠の気づきであってほしいです」

 予期せぬ妊娠による胎児への悪影響も心配しています。「望んでいないということは、心身ともに準備ができていないということ。たばこ、アルコール、カフェイン、薬の服用などを避けないと、危険な場合もある。望まない妊娠は、胎児への人権侵害とも言えるのではないでしょうか」。ネットや友人などから誤った情報を得る前に、年齢や社会の実情に応じた性教育をし、正しい知識を持ってほしいと望んでいます。

 薬害エイズ(HIV)訴訟の元原告で参議院議員の川田龍平さん(42)は、記事を読んで、エイズや性感染症の予防のためにも「年齢、発達段階にあった性教育をできるようにするべき」とツイートしました。

 「中学校の保健体育の教科書では、エイズが血液や母乳などで感染することには触れられていても、性交といった言葉が使えず、病気の予防に必要な知識を正確に伝えられないことはおかしいと感じてきた」といいます。

 エイズを含む性感染症をはじめ、DV、不妊など、さまざまな問題が「性に関する正確な知識が欠けているために起こっている」とし、「命を守るための知識を得るのに早すぎるということはない。学校できちんと伝えるべきだ」と指摘します。

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 神奈川県に住む保育士の女性(54)は「性教育をしなかったためにつらい思いをする若者と話したことがあるのか? と(性教育を疑問視した)古賀都議に聞きたい」と意見を寄せました。

 この女性は18歳で妊娠した経験があります。年上の恋人は「1回じゃ(赤ちゃんは)出来ない」「外に出したら(膣(ちつ)外射精をすれば)大丈夫」などと言って避妊をしたがらず、女性も簡単には妊娠しないと思っていた、といいます。結局、妊娠を親には言えないまま中絶。今も罪悪感があり、「死ぬまで一生抱えていくのかな」と感じています。

 女性には、中学生の息子がいます。以前、テレビドラマを見た息子が「中学生でも子どもができるんだ。結婚しないと出来ないと思ってた」と驚いた時には、「女の子は生理が始まり、男の子は射精するようになると、セックスした時に子どもができるんだよ」と伝えたそうです。家庭で話し合えればいいですが、それではばらつきが出てしまうので、学校でちゃんと教えるべきだと考えています。

 5歳の娘がいる神奈川県の自営業の女性(44)は足立区教委が「不適切だとは思っていない」と反論したことを支持。「足立区教委はがんばってほしい」と意見を寄せました。

 女性は、コンビニにある週刊誌や電車の中づり広告など、誰でも目にする場所で女性が性の対象とされていたり、子どもが性暴力被害を受けたりする現状があるなか、中学生にきちんとした性教育をしないのはおかしい、と感じています。「議員は個別の授業内容に文句を言うのではなく、女性の性の商品化や、子どもが被害に遭う現状を変える具体的な対策に取り組んでほしいです」

 親や身近な人が性暴力の加害者であるケースも多く、「学校では、性教育を通して子どもの『自分を守る力』を育ててほしい。そして、親や身近な大人が加害者でも、他にも助けてくれる大人はいるというメッセージを発信してほしい」と言います。(山本奈朱香、三島あずさ)

「子どもが考える材料を」北村友人・都教育委員会委員

 都教委教育委員の北村友人・東京大大学院准教授(教育学)は3月末の都教委臨時会で、今回の問題について「議論が必要なのでは」と発言。どういう意図か、尋ねました。

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 子どもたちの発達段階とともに、育つ環境に合った形で、適切な性教育を丁寧に行っていくことが大切だと思っています。インターネットの発達などで、子どもたちが偏った情報を得ることが容易な現代社会において、本当に必要な性教育のあり方を議論することが重要です。

 また、性教育はセクシュアリティーの問題や健康の問題、人権の問題など、大きなくくりで考えれば、個人の権利や他者の尊重など、多様な人間関係を築くための能力を身につける「市民性教育」として位置づけることも不可欠ではないかと考えています。

 性に対する考え方は千差万別で、どのような見方が正しくて、何が間違いだと言えるようなものではありません。それぞれの保護者にも考えがあり、子どもたち自身にもあるでしょう。大事なのは、子どもたちが考える材料をきちんと得ることができることです。多様性に十分配慮し、個々の子どもに寄り添った個別指導なども含めて、性教育の方法をさらに検討していくことが重要だと思います。

 一保護者としての私は、家庭で小学5年生の娘に上手に性教育を行う自信はありません。家庭内でも努力はしていきたいと考えていますが、可能な限り、学校でも取り組んでほしいと思っています。

 

<アピタル:オピニオン・メイン記事>

http://www.asahi.com/apital/forum/opinion/(斉藤寛子、斉藤寛子)