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杉本昌隆七段の「棋道愛楽」

 午前10時から始まる棋士の対局は夜中まで掛かることも珍しくありません。1日掛かりの長丁場ですが、勝負の最中にホッとするのが食事の時間。そう、いわゆる「棋士めし」です。

 対局中は外出禁止で、棋士の食事は出前がほとんど。大阪と東京でメニューは多少違いますが、麺類から中華、すし、うなぎなど多種多様です。

 注文は対局室でします。将棋盤の前に座ったまま、勝負を中断することなく財布を取り出す光景は、ちょっとほほ笑ましくもあります。

 上位の対局者から順番で注文します。自分の予定していたメニューが先を越されたとき、「やられた」と一本取られた気分になることもあります。そんなとき、相手がうな重の並なら自分は値段の高い特上に……。盤外で本人にしか分からないささやかな火花が散っています。

 基本的には皆、自分の好きなものを頼みます。消化の良いものを意識する棋士、がっつり重たいものを注文する棋士、げんを担ぐ棋士など様々です。「ひふみん」こと加藤一二三九段は現役時代、昼がおすしなら夜もおすしと、対局で昼夜同じ食事を頼まれることで有名でした。ちなみに、私の好きなメニューは餅の入った「力うどん」。好きが高じて、テレビ番組の餅特集の取材を受けたこともあります。

 同じ日に対局がある棋士は大部屋に集まり、それぞれが食事をします。昼食時こそ雑談や笑顔も見られますが、勝負が大詰めを迎える夕食時には空気が一変。形勢が悪いときの食事は、まさに砂をかむような気分です。

 棋士めしが注目されるようになったのは、ここ数年。昨年のある対局で藤井聡太六段が五目チャーハンを頼みました。注文の様子がネット中継で流れ、「同じものを食べたい」とファンがこぞって、その店の五目チャーハンを注文。結果、藤井六段自身が品切れで五目チャーハンを食べられなかった……というハプニングもありました。

 対局中と対局後の食事では、気持ちがまったく変わります。2月に東京であった第11回朝日杯将棋オープン戦(朝日新聞社主催)の準決勝と決勝。昼食は協賛企業の「ローソン」の提供で好きなものを選びました。出場した4人中3人がスイーツも頼んだなか、優勝した藤井六段は、から揚げ弁当とサラダの組み合わせ。

 優勝を決めた直後、「なんでスイーツを頼まなかったの?」と聞く私に、「余裕がなかったので」と謎の返答をした藤井六段。優勝してくれたからこそ聞ける、たわいもない会話です。

 最高の棋士めしは勝利した後に食べる「勝利めし」。これは何を食べてもおいしい。カップラーメンと水でも、高級料理とワインの気分になれます。どんな一流シェフでも、この味は絶対に出せません。対局後に、この「最高料理」を食べるために私たちは日々研鑽(けんさん)を積むのです。

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 すぎもと・まさたか 1968年、名古屋市生まれ。90年に四段に昇段し、2006年に七段。01年、第20回朝日オープン将棋選手権準優勝。藤井聡太六段の師匠でもある。