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 春の京都非公開文化財特別公開(4月27日~5月6日)で公開される神社や寺では、さまざまな御朱印が授与されます。新緑の季節、あなただけのとっておきの御朱印をいただきに出かけてみませんか。(久保智祥)

 1868(慶応4)年の戊辰戦争の端緒となった鳥羽・伏見の戦い。新政府軍の薩摩藩が軍勢を置いたのが城南宮(京都市伏見区中島鳥羽離宮町)でした。正月3日、近くの小枝橋で旧幕府軍と新政府軍が衝突、城南宮の西参道から4門の大砲がとどろき、戦闘が始まりました。新政府軍が勝利を収めると、薩摩藩士らは城南宮にお礼参りに訪れたそうです。

 その城南宮がこの春、特別に制作したのが、明治天皇行幸150年を記念した御朱印です。

 明治天皇は、新国家の方針を天地神明に誓った「五箇条の御誓文」の7日後の3月21日(新暦4月13日)、京都御所を出て大坂へ行幸する途中に城南宮に立ち寄りました。この行幸には三種の神器を伴っており、八咫鏡(やたのかがみ)をのせた御羽車(おはぐるま)が本殿に安置され、天皇は拝殿で昼食と休憩をとったと伝えられています。

 今回の御朱印は特製の用紙の右側にこうした説明を記し、左側には当時の新聞で使われた行幸絵図をあしらった御朱印を押印します。奥将人権禰宜(ごんねぎ)は「当宮とご縁を結んでいただくとともに、舞台となった歴史にも思いをはせていただければ」と話しています。初穂料300円。

 一方、京都市伏見区東柳町の長建寺も今回、明治150年を記念した2種類の御朱印をつくりました。

 一つは、1895(明治28)年2月1日、日本で初めて営業を始めた路面電車、京都電気鉄道伏見線の車両をあしらった御朱印。そしてもう一つは、1869年(明治2)年から2年間だけ営業した伏見の蒸気船の写真を載せた御朱印です。岡田豊禅住職は「地元の人でも知る人は少なくなりつつありますが、伏見は日本の近代化をリードした街なんです」と語っています。志納料300円。

人気の「アフロ仏」の御朱印も登場

 幕末、会津藩主松平容保(かたもり)が務めた京都守護職の本陣となった浄土宗の大本山、金戒光明寺(こんかいこうみょうじ、京都市左京区)では、多種類の御朱印が授与されます。

 公開される山門にちなんだ御朱印は、南北朝合一時の後小松天皇の宸翰(しんかん)による「浄土真宗最初門」の文字。この文字が、山門楼上正面に掲げられている扁額に記されています。

 また、大きく膨らんだ頭髪から「アフロ仏」として近年人気の五劫思惟(ごこうしゆい)阿弥陀如来の御朱印もあります。

 塔頭の龍吟庵(りょうぎんあん)が公開される東福寺(京都市東山区)の御朱印には「大佛寶殿(だいぶつほうでん)」と記されています。

 東福寺は1255年、九条道家が「奈良の東大寺と興福寺に並ぶ寺を」と両方の寺の名前から1文字ずつとって創建されましたが、大佛寶殿は、高さ約15メートルの大仏・釈迦如来像を安置したことにちなんで名付けられました。

 相国寺(京都市上京区)の塔頭・養源院では、今回公開される秘仏の毘沙門天と、本尊の薬師如来の御朱印があります。江戸時代、毘沙門天は「財宝の神」の意味合いが強くなりました。大坂の富くじの販売所に毘沙門天像が貸し出されるようになり、この毘沙門天のお札とともに、くじが買われたそうです。

 上賀茂神社(京都市北区)の御朱印は、正式名称の「賀茂別雷(かもわけいかづち)神社」を記し、神紋の二葉葵(ふたばあおい)をあしらっています。葵は古語で「あふひ」と読み、「ひ」は神霊を表すことから、神様に会う、神と人を結ぶ草とされています。5月15日に下鴨神社とともに行われる葵祭でも、二葉葵が使われます。