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平成とは 第2部:国のかたち(2)隣国との和解

 平成の日本外交は、東アジアの国々との歴史認識の問題に大きく揺れた。

 過去の侵略と植民地支配にどう向き合うか。日本は「和解」を探り続けたが、それでもたどり着けないのはなぜなのか。分水嶺(ぶんすいれい)は、日韓、日中の首脳が立て続けに会談した1998(平成10)年だった。

 この年、まず10月に韓国大統領の金大中(キムデジュン)が来日し、首相の小渕恵三と会談した。

 「20世紀に起きたことは20世紀で終わらせよう。一度文書で謝ってもらえば、韓国政府として二度と過去は持ち出さない」。金からは事前に、首相官邸へメッセージが届いていた。

 日韓は65年に国交正常化したが、歴史問題で首脳間の合意文書はなかった。「20世紀の問題は20世紀で。意を尽くしまとめてほしい」。小渕は金の言葉を借り、宣言案の最終交渉でソウルへ飛んだ内閣外政審議室長だった登(のぼる)誠一郎(76)に指示した。

 共同宣言で日本は戦後50年の村山首相談話に沿い、植民地支配について「痛切な反省と心からのおわび」を表明。金は直後の国会演説で、「この宣言が歴史認識問題を一段落させ、平和と繁栄を目指す共同の未来を開拓する礎になる」と応じた。当初のメッセージを裏打ちする誠実さを、外相だった高村正彦(76)は感じた。

二つの宣言、混沌への序章に

 だが、この宣言が中国を刺激し…

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