【動画】松本智津夫死刑囚の死刑が執行された東京拘置所=野津賢治撮影
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 法務省は6日、1995年3月の地下鉄サリン事件など計13事件で27人を死なせたとして有罪が確定した、オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63)の死刑を執行した、と発表した。他に6人の元幹部の執行も行った。一連の事件では13人の元教団幹部の死刑が確定しており、執行は初めて。

 松本死刑囚の死刑は東京拘置所で執行された。2006年に死刑が確定しており、12年を経ての執行となった。他に執行されたのは早川紀代秀(68)=福岡拘置所=、井上嘉浩(48)、新実智光(54)=ともに大阪拘置所=、土谷正実(53)=東京拘置所=、中川智正(55)=広島拘置所=、遠藤誠一(58)=東京拘置所=の各死刑囚。

 刑事訴訟法は「確定から6カ月以内」に法務相が執行を命じなければならないとするが、共犯とされた被告の裁判が続いている間は執行を避ける傾向にある。松本死刑囚の判決確定後も元信徒らの公判が続いていたが、地下鉄事件などで特別手配されながら、17年間逃亡した高橋克也受刑者(60)=無期懲役=の判決が18年1月に確定し、すべての裁判が終了。執行の時期が注目を集めていた。

 松本死刑囚は熊本県出身。1984年に「オウム神仙の会」を立ち上げ、オウム真理教に改称して89年に東京都から宗教法人として認証された。確定判決によると、教団への批判を封じ込め、警察などによる捜査を回避するため一連の事件を元幹部らに指示した。

 確定判決によると、松本死刑囚らは89年11月の坂本弁護士事件で3人、94年6月の松本サリン事件で7人、地下鉄事件で12人を殺害したほか、89~94年に元信徒ら3人、一般人1人を殺害し、95年には信徒の家族を拉致して麻酔薬の過剰投与などで死なせた。松本死刑囚は3件の殺人未遂、サリンプラント建設の殺人予備、自動小銃密造の武器等製造法違反の罪でも有罪が確定した。

 松本死刑囚は95年5月に逮捕され、裁判は96年4月から東京地裁で始まった。弁護側は事件について「弟子の暴走」などと主張したが、2004年2月の一審判決は「首謀者」と認定して死刑を言い渡した。松本死刑囚は当初は起訴内容を争う姿勢もみせたが、途中から弁護団の接見に応じなくなり、事件の詳細を語ることはなかった。公の場に姿を見せたのは、一審判決が最後となった。

 控訴審では弁護団が精神鑑定の実施を求め、訴訟能力の有無が焦点となった。東京高裁が依頼した鑑定では「訴訟能力を失っていない」との結論が出たが、弁護団は「被告と意思疎通ができない」として控訴趣意書の提出を拒否。高裁は06年3月、公判を開かないまま控訴棄却で裁判を打ち切り、同年9月に最高裁が弁護団の特別抗告を棄却し、死刑が確定した。

 東京地裁などによると、土谷死刑囚を除く6人は再審請求中だった。松本死刑囚の家族は08年11月に再審を請求し、10年9月に最高裁で退けられた。その後も請求を繰り返していた。(浦野直樹)

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 安倍晋三首相は6日午前10時前、参院本会議に出席するため首相官邸を出る際、記者団からオウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚らの死刑執行について問われたが、無言だった。

◆確定判決が認定した松本死刑囚の犯罪事実(カッコ内は罪名)

①1989年2月 元信徒の田口修二さんを殺害(殺人)

②89年11月 坂本堤弁護士一家3人を殺害(殺人)

③93年11月~94年12月 サリンプラント建設(殺人予備)

④94年5月 滝本太郎弁護士をサリンで襲撃(殺人未遂)

⑤94年6月 長野県松本市内でサリンを発散、住民7人を殺害(殺人、殺人未遂)

⑥94年6月~95年3月 自動小銃を密造(武器等製造法違反)

⑦94年1月 元信徒の落田耕太郎さんを殺害(殺人、死体損壊)

⑧94年7月 元信徒の冨田俊男さんを殺害(同)

⑨94年12月 水野昇さんを猛毒のVXで襲撃(殺人未遂)

⑩94年12月 浜口忠仁さんをVXで殺害(殺人)

⑪95年1月 永岡弘行さんをVXで襲撃(殺人未遂)

⑫95年2月 仮谷清志さんを拉致監禁し、麻酔薬の過剰投与などで死なせた(逮捕監禁致死、死体損壊)

⑬95年3月 東京の地下鉄車内でサリンを発散、12人を殺害(殺人、殺人未遂)