【動画】生前の衣笠祥雄さん、同世代の中村順司さん、高嶋仁さんと語る

 プロ野球広島で1987年に当時の連続試合出場の世界記録を塗り替え、「鉄人」と呼ばれた衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)さんが死去したことが24日、わかった。71歳だった。2017年1月まで朝日新聞社嘱託だった。

 京都市で生まれ、地元の平安高(現龍谷大平安)の3年時には春夏の甲子園に出場し、ともに8強入りした。65年、広島に入団。強打の三塁手として活躍し、広島の5度のリーグ優勝、3度の日本一に貢献した。球団として初のリーグ優勝を果たした75年、山本浩二さんらとともに「赤ヘル軍団」と呼ばれた主役の一人だった。70年からは連続試合出場を重ね、87年6月にルー・ゲーリッグが持っていた当時の大リーグ記録2130試合を超えた。同年の現役引退まで2215試合に記録を伸ばし、いまだに日本のプロ野球記録として残る。同年、プロ野球では王貞治さんに続く2人目の国民栄誉賞を受賞。96年には野球殿堂入りを果たした。通算2543安打、504本塁打、1448打点、266盗塁。打点王、盗塁王のタイトルも獲得し、走攻守、3拍子そろった選手だった。