衣笠祥雄さんの訃報(ふほう)に接したプロ野球広島の後輩で、現役時代一緒にプレーしたソフトバンクの達川光男ヘッドコーチは「体調が悪いというのは聞いていた」と、別れを惜しみながら現役時代の思い出を語った。

 「最後に会ったのは、去年の横浜であった交流戦の時。電話は時々くれていた。江夏豊さんと非常に仲が良くて、『キヌはちょっと状態が悪いぞ』と言われていた」

同じキャッチャー出身

 「同じキャッチャー出身で、捕手心理とか教えてくれた。落ち込んでいたら、『そういうポジションだから我慢せえよ』と声をかけてくれた。現役時代はキャッチボールの相手をさせていただいて。今でも鮮明に覚えている。マウンドでもよく怒られた。あんまりカッカするなと。投げていた北別府学の何が良いんだ、コントロールだよと。来るボールで抑えろと言われて、状況に応じて配球することを教えてもらった。僕を怒りながら、ピッチャーを鼓舞していた。レギュラーをつかんだ時に、キヌさんが、『タツ上手になったな』と言ってくれて、それから自信がついた」

 「(現役時代は)キャンプ中も、すし屋によく連れて行ってもらった。(衣笠さんは)生ものを全然食べないのに、すし屋が好き。カウンターで、まず頼むのは、玉(たまご)。すし屋なのにステーキも出てきて、自分も2、3年目で不思議に思っていた」

けが「黙っていたらわからん」

 「金本知憲も名言を言ったが、キヌさんも痛いとかかゆいと言うからけがになる、黙っていたらわからんと言っていた。試合に出るのが当たり前だと。連続試合出場の(大リーグ記録を超えた)時は今でも覚えている。(元大リーグ・オリオールズの)カル・リプケンが尊敬されるだけあって、ずっと毎日出続けた体力はすごい」

 「体格は僕と変わらないが、ホームランを打つのがすごく好きな方だった。常にフルスイングだった。とにかく野球が好きだった。小説を時々読んでいたくらいで、あとは野球のことしか考えていなかった。今まで数多くの野球好きを見てきたけど、キヌさんがナンバー1。一番野球を愛していた」