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潜伏キリシタンの残照〈上〉

 この夏、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎県・熊本県)がユネスコの世界文化遺産に挑む。近世の禁教時代を生き抜いた信仰がテーマだ。その灯は長崎県下に息づく「かくれキリシタン」の社会に継承されてきたが、それもまた消滅の道を歩んでいる。「かくれ」の今に光を当て、時間をさかのぼりつつ潜伏期の実態をあぶり出したい。

 太陽が西の海に沈む本土最西端のひとつ、長崎県平戸市の生月(いきつき)島は「かくれキリシタン」の里である。今でこそ橋で本土とつながるが、かつては農耕地も乏しい辺境の島だった。禁教下に潜伏したキリシタンはここで身を寄せ合って祈りをつなぎ、その伝統は今も息づく。

 昨年12月17日、いてつく早朝。クリスマスにあたる「御誕生(ごたんじょう)」行事の日だった。小さなお堂に男女が集まってきた。一見倉庫のような質素な建物に見えるが、正面には十字架があった。

 辻集落の信徒20人ほど。男性は狭いお堂の中で、女性は外で。正面に掲げられた掛け軸には、雲の上に立つ聖母子が描かれている。

 オヤジ様と呼ばれてきたまとめ役の横出定美さん(65)ら、正座した男たちが口々に祈りの文句「オラショ」を唱え始めた。

 特に節があるわけではなく、声を張り上げるわけでもない。時折手を合わせたり十字を切ったりする以外は、それぞれに文句を静かに唱えるだけ。

 時間にして10分ほどだっただろうか。拍子抜けするほど、質素な行事だった。

     ◇

 お堂が建てられたのは15年ほど前。地区の信徒組織が解散したからだ。それまで「御誕生」もオヤジ様の家で催されていたが、「こんな行事、もう家でやれなくなって。後継者がいないから」と横出さん。

 400年もの間信徒を結びつけてきたコミュニティーだけに、存続か解散か、何度も話し合ったよと、やはりオヤジ様役の経験を持つ生月島キリシタン伝承会の谷山久己さん(66)は振り返る。「あきらめと残念の中間、仕方ないという気持ちでしょうかね」

 厳しい現実を肌で感じているからだろうか、世界遺産への世間の盛り上がりには、みなそれほど関心がないように見えた。

 祈りが済むと、隣接する波切不動尊の建物に場を移して宴が始まった。酒や刺し身が振る舞われ、談笑が静かに場を満たす。

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