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 文豪、島崎藤村(1872~1943)。長野県にとっては昔々から郷土の偉人なのだが、今はお隣・岐阜県の「郷土作家」でもある。本人のあずかり知らぬところで長野から岐阜に藤村を「移した」のは平成の大合併だった。どちらの県人だっていいじゃないかと言いたい気はありつつ、たとえば「長野県人」や「長野県出身者」「郷土の○○人」といった場合に入るかどうかは大事なところ。さて、藤村は何県人?

 「長野県人」という本が手元にある(1973年、藤森栄一著。新人物往来社刊)。巻末の「ふるさとの100人」を見ると、当然のように島崎藤村が載る。長い間、藤村は長野県人を代表する一人だった。長野を舞台とした作品は少なくないし、大作「夜明け前」は明治維新前後の山深い信州を活写している。

 2005年、状況が変化する。藤村が生まれた木曽・馬籠宿が岐阜県に編入されたのだ。少々詳しくいえば、平成の大合併で馬籠を含む長野県山口村が岐阜県中津川市と合併する。馬籠は岐阜県となった。

 しかし藤村が生きた時代は馬籠は長野県だった。だから藤村は長野県人だ、という解釈もある。いやちょっと待てよ、と事態を複雑にさせるのは木曽地域の特殊性かもしれない。鎌倉時代まで木曽は美濃(岐阜)の一部だったし、江戸時代に入ると尾張(愛知)との関係が深かった。藤村が生まれた1872(明治5)年当時の馬籠は筑摩県の所属。県庁こそ長野県松本市にあったが、筑摩県は岐阜県の飛驒地方まで含んでいた。

 1876(明治9)年、馬籠を含む筑摩県の大部分が長野県と合併し、飛驒地方は岐阜県と合併する。この時点で藤村は長野県人となったことになる。以降は疑問なく長野県出身者として扱われ、長野県民にとって藤村は郷土の誇りでもあった。ところが……。

 岐阜県図書館で4月からある文…

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