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「ハンサムマザー」はとまらない:55

今尾朝子 

ちょうど1年前、あるクライアントさんから、専業主婦の母親に育てられたママたちの葛藤をテーマに、問題解決を共に考えてみませんか?と提案をいただきました。

 たしかに読者の方からよく聞くのは、理想の母親像とは程遠い自分への劣等感やモヤモヤ。「かつて母親にしてもらったことが今、自分の子どもにしてあげられていない」と自己評価が低かったり、SNSを見ては同世代のママたちのリア充感に焦ったり、「お母さんらしさ」を求める社会の視線に息苦しくなったり……。VERYはまず、そうした外から求められている(と思ってしまう)母らしさと自分とのズレを“母ギャップ”という言葉に表してみました。

 いったん言葉にしてみると、「そういえば……」と、読者との会話も弾みます。「子どもが熱を出したから病児保育に頼んだのに、『熱があるのに病児保育に預けるなんて可哀想』と母に言われて」「忙しくて平日夜は、納豆ご飯ですませることも。母は手の込んだ料理をいつも作ってくれていたのに」。そうした親世代からの一言や、母と自分を比較してしまうことで、子どもに可哀想な思いをさせているのではないかと心が揺れ動くママたち。そう、それが母ギャップです。

 子どものためにこうしてあげたい、いいお母さんでいたいと思う感情も自然なもの。ただ、その理想が強すぎて自分を縛ってしまっては本末転倒に。まず「このモヤモヤって母ギャップだったんだ」と気づくことから始めたいと考えました。母ギャップ自体は悪いものではなく、あって当然の子育ての通過点と捉えれば、ずっと楽になれるはずです。

 今の子育ての環境は親世代とは違い、さまざま。今回の件で取材させていただいた読者の家族の形も多様で、ステップファミリーもいれば、シングルマザーもいます。周りと横並びの必要はなく、自分なりの答えを出すことに慣れていくことが、子育てのだいご味なのだと思わせてくれた前向きなママたち。“うちはうち”と自分らしい選択ができたら、今度は違う選択をしたママたちに対する想像力を持ちたいもの。違いを恐れず互いを尊重する、そんなハッピーなスパイラルが生まれることを信じたいと、思える仕事でした。