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 摂食障害から回復しつつある女性の次のステップを応援したい――。そう考えた女性が、松山市に開いた就労支援の施設がある。拒食や過食嘔吐(おうと)に苦しんだ鈴木こころさん(40)が、地元・愛媛で摂食障害を治して社会に戻ってほしい、との思いを込めてスタートさせた。「毎日通って生活リズムを整えて、自分で人生の選択ができるようになれれば」と話している。

就労支援、さまざまな女性が登録

 JR松山駅から10分ほど歩いたビルの2階に、鈴木さんが施設長を務める「オフィスパートナー湊町ブランチ」はある。4月下旬に訪れると、女性十数人が、文房具の検品をしたりパソコンでデータを打ち込んだり、黙々と作業に取り組んでいた。

 広い窓からは明るい日差しが入り、向かいの街路樹の緑がまぶしく輝く。鈴木さんは「引きこもっていると心が暗くなる。ただぼーっとするだけでもいいので、ここに来て明るい景色を見てほしい」と話す。

 ブランチは、鈴木さんがつくった愛媛県摂食障害支援機構(松山市)が運営している。「就労継続支援B型事業所」に当てはまり、障害年金の受給者や自立支援医療の制度利用者、医師の診断書をもらった人らが、自治体に利用を申し込む。利用料は本人の年収などによって決まり、企業から請け負った作業に取り組む利用者には手当が支払われる。

 作業は、事務系・クラフト系・パソコン作業の3種類。地元の野球チーム「愛媛マンダリンパイレーツ」からは、「女性ファン用の小物を作ってほしい」「球場で配るプレゼントの準備」といった依頼がある。

 平日の午前10時~午後4時の利用時間を、資格を取るための勉強にあてる人もいるという。施設を出たあとの本人の夢をカウンセリングし、「やりたいこと」「得意なこと」に合わせた作業内容を提案しているという。

 摂食障害だけでなく発達障害などほかの「生きづらさ」がある女性も受け入れる。現在の登録者は20~40代前半の17人(定員20人)で、毎日10~13人ほどが利用する。これまでに2人がA型事業所や一般企業へ移り「卒業」していった。

社会性身につけ、回復へ向かった自分

 鈴木さんがこの施設を開きたいと考えたのは「突然、仕事しろ、といっても怖くてその一歩を踏み出せない人が多い」と考えたからだ。

 自身も10年ほど、摂食障害に悩まされた。

 進学校だった高校1年生の頃から、勉強に打ち込み、「キャリアウーマンはやせている」というイメージからダイエットを始めた。だんだん食事をとらなくなり、食べ物のカロリーを丸暗記。高校2年の春には、食べられるものがキュウリや氷だけに。152センチで約50キロの体重は34キロまで落ちた。

 4年かかって高校を卒業し、専門学校に入って一人暮らしを始めたことをきっかけに、過食に転じた。数カ月で体重は80キロに。心臓への負担がかかり、入院して、専門学校は辞めた。社会の居場所がないと感じたという。

 その後は「吐く」ことを覚え、1日5食を食べて吐いて寝る生活を送った。病院にも通ったが、なかなか症状は上向かなかった。

 自分の思いをつづった新聞投稿を見た女性から、「体験を話してみない」と誘われ、26歳の頃、人前で思いを伝えたところ「私も」と声をかけてもらった。「自分だけじゃないんだ」と感じ、同じ経験者が集える場をつくりたいと、2004年に摂食障害の自助グループ「リボンの会」を立ち上げた。

 この会の広報活動を通じ、鈴木さんは「あいさつや名刺の渡し方、場所に合わせた服装、いろんなことを学んだ。社会に踏み出すために必要だったと思う」と振り返る。過食の機会が減り、自宅で内職を始め、28歳でフルタイムの仕事に就けた。

 行政書士の夫の力も借りながら、2年前に愛媛県摂食障害支援機構をつくり、昨年1月にブランチをオープンした。

愛媛でなったら、愛媛で治してほしい

 鈴木さんは、摂食障害に悩む人は「増えている」と感じるという。新年度が始まって1カ月ほどした頃と、お盆とクリスマスの時期には、「摂食障害かもしれない」といった機構への問い合わせの電話が増える。

 支援機構で行うカウンセリングには、「新体操をしているが体重制限がある。食べたら太るから怖い」といった、これまでの摂食障害とは違った相談も寄せられる。「部活やアスリートの指導者が考え方を変えてくれないと、と思う。人工的に摂食障害を作っていると思います」

 国内では、治療や栄養指導といった一体的な支援に取り組む摂食障害治療支援センターが宮城・千葉・静岡・福岡の4カ所に置かれている。だが、全国的に専門的に治療できる医療機関や医師は少ない。治療に長期間かかることや診療報酬が少ない、という課題もある。リボンの会のメンバーにも、東京や大阪へ行って治療する人が多いという。鈴木さんは「愛媛で摂食障害になったなら、愛媛で治して、社会に戻ったりここに住んで良かったと思ったりできるようになってほしい」と願う。

 長年、摂食障害の治療に取り組む内科医の鈴木眞理さん(政策研究大学院大学教授)は「地方ではなかなか支援の手が届かない現状がある」と指摘する。「ブランチのような施設はとても珍しい。当事者だからこそ『助けてほしい』『社会に戻るのが怖い』と感じる部分がわかるのだと思う」と話す。

 ブランチでは、医療の助言や指導はしないが、鈴木医師ら専門家を招いた勉強会を定期的に開く。摂食障害をぴたっと治す「薬」があるわけではなく、医療と「人とのつながり」があってこそ回復していくものだと考えている。

 「自分に問題や課題があって、立ち止まっている人、集まれ!という感じ。止まり木のような場になれればいいなと思います」

<アピタル:やせたい私~摂食障害のいま>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/yasetai/(水野梓)