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 一連の事件では、元幹部ら192人が起訴された。中でも注目を集めたのは、1996年4月、東京地裁で始まった松本死刑囚の公判だった。

 捜査を通じて17事件で起訴された松本死刑囚は当初、罪状認否を留保。国選弁護団は争う姿勢を見せ、元幹部らが次々と出廷し、松本死刑囚から受けた指示や教団の内情について証言する展開となった。

 松本死刑囚は「弟子」たちの証言に反応し、「反対尋問を中止していただきたい」などと求めたが、受け入れられなかった。その後も「この裁判は異常だ」「ここは劇場じゃないか。死刑なら死刑でいい」と不規則発言を重ね、97年4月の意見陳述では「地下鉄サリン事件は(弟子たちに)ストップを命令したが、彼らに負けた」などと自らの責任を否定した。

 一方、この頃から弁護人との接見に応じなくなり、法廷での発言も次第に少なくなった。2003年3月からの被告人質問で弁護人の一人は「あなたが何を考え、何を目指していたのか、しゃべってもらえないか」と問いかけたが、両腕をぐるぐる回しただけで何も答えなかった。

 被告人が発言しないまま、弁護側は「事件は弟子の暴走だ」と訴えたが、04年2月の一審判決はすべての事件で松本死刑囚の指示を認定。「一連の犯行の首謀者」と位置づけ、地下鉄、松本両サリン事件を「不特定多数への無差別テロ」と断じた。

 公判は、裁判の長期化についても課題を残した。検察側は当初、地下鉄事件で3794人、松本事件で144人の負傷者を起訴対象としたが、立証に時間がかかるとして途中で計18人に絞り込んだ。また、教団が薬物を密造した4事件については、公訴を取り消した。それでも、判決まで7年10カ月、計257回の公判を要した。

 控訴審では新たに選任された私…

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