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 6日の男子テニス、イスタンブール・オープンでツアー初優勝を飾ったダニエル太郎(エイブル)を初めて取材したのは6年前の晩秋だった。

 当時19歳。埼玉県の祖父母宅への里帰りを兼ねて出場した日本国内のプロ下部ツアーで世界ランキング66位だった伊藤竜馬を破るなどして4強入りし、前週の同321位から自己最高の280位に急上昇したころだった。

 当時の原稿に、こう書いた。「自己分析する長所は『粘り強さ』だ。力でねじ伏せるというより、辛抱強くラリーをつづけ、相手のミスを誘っていく」。

 それは今も変わらない。

 14歳のときに父の仕事でスペインに移住し、バレンシアの赤土のコートで培った忍耐力が武器だ。初優勝の舞台がクレーコートだったのは、納得がいく。

 父は米国人、母は日本人で英語、日本語、スペイン語に堪能。テニス以外の興味の幅は広く、教養も豊かだ。テニス観、人生哲学は傾聴に値する。

 昨年の全仏オープン2回戦で第20シードのスペイン選手に惜敗した後の記者会見が印象に残っている。

 「トップに行くのに近道はない。まだまだ遠いな。コツコツ行けば、いつかたどりつけると思っているんで。時間はかかりますけど、焦らないで。行けるとは思っています」。足元を踏み固め、愚直に、地道に強くなる覚悟がにじんだ。

 でも、苦行とは対極にあるのが、続く言葉で伝わった。「僕はフェデラー(スイス)の考え方が好き。コートに入って来たときの彼の感じる幸せさとか。人生とは、ああいう楽しさが目的。テニスで、あんなに楽しめる人がいるというのは本当にすごい。こういう風になりたいな、と」

 6日、悲願の初優勝を果たした後の喜びをATP公式サイトが伝えている。

 「僕は自分の(成長の)過程を常に信じてきた。すごく楽しい道のりだった」

 父ポールさんに「太郎」の由来を聞いたことがある。「日本の伝統的な名前で、すぐ覚えてもらえる。名前のように体もたくましくなったら理想」と笑っていた。25歳の息子は、栄えあるATPツアー優勝者一覧に、その名を刻んだ。(編集委員・稲垣康介)

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