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 自然ってすごい。ひと月前、山里は桜でピンク色に染まったのに、ゴールデンウィーク、野山は黄緑に覆われた。週に一度の裏山散歩。古希を迎えて腰も痛いが、新緑の誘惑には負けてしまう。

 道端にタンポポ、お寺と川の間の石垣にシャガ、それに白とピンクのタニウツギ。山道の入り口にはシャクが肩くらいまでに群生し、石鹼(せっけん)のような匂いを漂わす。どんどん歩く。「ゲオッゲオッ」とヤマガエルの低い声。もっとどんどん。小さな花を小皿に盛ったようなガマズミも所々に。カエデやイバラ、名も知らぬ草木の若葉たちが、春の陽(ひ)に照らされ滑るように輝いていた。頂付近に、赤紫色のミツバツツジが咲いていた。黄緑の補色の中で鮮やか。

 はるかむこうに日本海がかすんで見える。振り返って谷をのぞき込むと、手のひら大の白い花がいくつも空中に浮かんでいた。朴(ほお)の木。「トットレッテ、ピッピッー」とシジュウガラの鳴き声が空に響く。

 突然、胸ポケットで携帯の振動音。自然の中で不自然な音。あわてて山を下り、自然の中から診療所へ。「呼吸が緩徐に、尿が出ません。脈は触れてて血圧60です」と看護師。入院が5カ月にもなった88歳のがんの末期のおばあちゃん。意識なくなりせん妄も消えて、やすらかな呼吸。長期連休で、遠路の子や孫たちはそろった。いつでも、の態勢。連休中が望ましいか。「点滴は極少量とし鎮静剤は使わず自然にまかす、でどうしょう」とぼく。「自然がいいです、自然で」と娘さんたちの「自然」は力がこもる。確かに、可能なら自然がいい。

 フト考えた。自然って何だろう。はじめの自然とあとの自然は同じか。どちらもが人間の意図、人間の操作の及ばぬ世界、ということでは通じる。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。