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 欧州連合(EU)が今年、西バルカン地域6カ国の加盟に向けた新たな戦略を打ち出し、「東方拡大」の加速に力を注いでいる。ロシアの影響力が浸透し、中国が投資を拡大する現状への危機感からだ。17日にはブルガリアのソフィアで6カ国と全加盟国の首脳会議を開く。英国の離脱決定で失った求心力を取り戻す契機になるのか。(ベオグラード=津阪直樹、ソフィア=吉武祐)

 セルビアの首都・ベオグラード郊外、サバ川をまたぐ高速道路(全長17・6キロ)が中国企業の手で建設されている。セルビア政府による2億800万ユーロ(約270億円)の事業を請け負うのは中国交通建設。資金は中国政府の中国輸出入銀行から。橋の現場で約220人の中国人が働く。

 セルビアでは中国が関わるインフラ投資が盛んだ。セルビア政府によると、両国共同の投資は今年、60億ドル(6540億円)と見込まれる。シルクロード経済圏構想「一帯一路」を掲げる中国は、セルビアとモンテネグロを結ぶ道路の建設も手がけ、ベオグラードとブダペスト(ハンガリー)を結ぶ鉄道の建設にも関わる見通しだ。

 労働力を自前で抱え、欧州勢が太刀打ちできない低価格で落札する中国企業は摩擦も生む。EU加盟交渉入りしたセルビア、モンテネグロと中国との結びつきは、EU側にとって喜ばしいことではない。

 セルビアでは2012年に試験的に導入された中国語クラスが、これまで計64校で選択科目として認められるなど、文化の影響力も強まる。ベオグラードにある中国語教育機関「孔子学院」のラドサブ・プシッチ教授は「成長を続ける中国は魅力的。中国文化に関心を持つ人はもっと増えるのではないか」。

 歴史的に大国が覇権を争ってきたこの地域で、現在はロシアの影響も強まる。

 9日、モスクワの赤の広場であった戦勝パレードを見守るロシアのプーチン大統領のそばに、セルビアのブチッチ大統領の姿があった。EU加盟交渉を進めて経済援助を受けつつ、セルビアで人気が高いプーチン氏との関係の近さを大衆に示す。この「二股」がEU主要国首脳の不興を買っていると言われる。特に懸念されるのは安全保障だ。

 軍事的中立を掲げるセルビアは欧州諸国と米国の軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)とロシアのどちらを重視するか、明確にしていない。近年はロシアとの軍事演習を増やしたり、兵器の調達で関係を強化したりしている。

 軍事アナリストのアレクサンダー・ラディッチ氏は、モンテネグロのNATO加盟が15年に決まったことなどがロシアの危機感を高めたと指摘。「ロシアは立て直しのため西バルカンで新たな(安全保障上の)戦略を始める可能性が高い。そうなると、この地域は不安定になる」とみる。

加盟に立ちはだかる民族対立

 EUの行政機能を担う欧州委員会は2月、2025年をめどにセルビア、モンテネグロのEU加盟をめざす新戦略を発表。法の支配を強める制度改革を後押しして加盟への条件を整え、EUとの間の通信や移動の障壁をなくすなど六つの方針を掲げた。

 4月にはアルバニア、マケドニアと加盟交渉を始めるよう加盟国代表でつくる欧州理事会に勧告。残るコソボ、ボスニア・ヘルツェゴビナへも、加盟に向け経済支援などを強める。

 EUは03年に西バルカン各国の加盟を目指したことがある。そのプロセスが進まないうちに中ロの影響力が増したことへの反省が、今のEUを動かしている。

 ユンケル欧州委員長は「極めて複雑なこの地域から我々が離れれば、(激しい紛争があった)90年代のようなことになる。西バルカンに戦争を戻したくない」と意気込む。

 新戦略では「他国との問題を解決すること」が加盟の事実上の条件として強調されているが、民族と宗教が入り組み、紛争を繰り返してきたこの地域にとっては容易ではない。

 その代表がコソボ問題だ。アルバニア系が多数のコソボは、セルビアの自治州だった90年代後半に紛争が激化、国連の暫定統治を経て08年に独立を宣言した。110カ国超の国家承認を受けたが、国連には加盟していない。

 EUの仲介で始めたセルビアとの関係正常化交渉は、政治家の暗殺事件などをきっかけに民族間の緊張が高まり、停滞している。

 EU内でも、カタルーニャ分離独立問題を抱えるスペインはコソボ承認に強く反対する。17日の首脳会談に向け、一時はラホイ首相の出席が危ぶまれ、EUの結束の乱れが露呈した。

 ボスニア・ヘルツェゴビナは民族紛争の結果、イスラム教のボシュニャク、正教のセルビア、カトリックのクロアチア系の主要3民族の均衡を図る国家制度になり、大統領も3人いる。この仕組みが加盟への動きにブレーキをかけている。

 ボシュニャク系の民主行動党副党首、ハリッド・ゲニャッツ氏は「EUの求めに応じた政策を導入しようとしても、牽制(けんせい)し合う構図の中で他の民族が反対し、断念せざるを得ないことがある」と説明する。

 「ロシアが、関係の深いセルビア系を通じて影響力を維持しようとしている」(サラエボ科学技術大学のズラトコ・ハジデディッチ助教授)とも指摘される。