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1985年・決勝

 今年で夏の選手権大会が第100回を迎える高校野球。いつの時代も、全国の球児が目標とするチーム、選手が存在してきた。

 1983年夏、「KKコンビ」の時代が幕を開けた。PL学園(大阪)のエース桑田真澄と4番清原和博。甲子園に出場可能な5回すべてをものにし、桑田は通算20勝、清原は13本塁打という金字塔を打ち立てた。2年にわたり、投打の両輪がこれだけ活躍した例は、後にも先にもない。

 衝撃的な甲子園デビューは1年夏。まだ15歳4カ月の桑田が快投を続け、16歳になったばかりの清原が決勝で本塁打を放って、頂点に立った。

 「すごいヤツやなあ。これが同じ1年か?」。宇部商(山口)の左腕投手、田上が抱いた感情は、全国の球児に共通する驚きだった。「清原の本塁打なんて、ライトに流し打ってラッキーゾーンですからね。とんでもない選手やった」

 2年後の夏、同じ決勝の舞台で…

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