惜別 森昭治さん

 内閣府のもとに現在の金融庁が置かれたのが2001年。その初代長官を務めたことで知られる。ただ、森昭治さんの官僚人生のクライマックスは、その直前の2年あまり、金融再生委員会の事務局長を務めていた時代だったのではないか。私はその仕事ぶりに敬意をこめ、そう思う。

 危機から再生へ――。再生委員会が発足したのはその過渡期の1998年末だった。前年秋に北海道拓殖銀行と山一証券が破綻(はたん)。この年も、日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が相次いで破綻した。

 金融業界を監督してきた大蔵省(現・財務省)は、危機を防げず、接待汚職事件にまみれ、信用を失墜していた。代わって危機収束の指揮をまかされた再生委の責任はそれだけ重い。この先の日本経済を左右しかねない大仕事ばかりだった。

 経営危機に陥った金融機関の破綻処理、生き残る可能性のある銀行への公的資金注入、破綻して政府が一時国有化した銀行の民間への売却――。制度を一から作り、実行に移す。政治との調整も国民の理解を得ることも、どちらも求められるやっかいな仕事だった。

 しかも急ごしらえで小所帯。委…

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