16日に63歳で亡くなった西城秀樹さんの通夜は25日午後6時、葬儀は26日午前11時、いずれも東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所で営まれる。

 2度の脳梗塞(こうそく)で右半身まひの後遺症を抱えた西城さん。「病気のおかげで、僕は歌うことの喜びを知った。これからもずっと、歌い続けていきたい」。2006年の朝日新聞のインタビューで答えていたが、その言葉通り、歌への情熱が枯渇することはなかった。

 昨年10月に東京都内で開いた単独コンサート。曲間のトークはたどたどしく、派手なステージアクションはもちろんない。体への負担を避けるためか、いすに座って歌う場面もあった。

 それでも、ひとたびバックの伴奏が始まれば一変。「ヤングマン」「激しい恋」など往年の名曲から、還暦を迎えた15年に発表した新曲「蜃気楼(しんきろう)」まで、激しいサウンドをバックに熱唱した。リハビリ中とは思えぬ生気みなぎる歌声。2千人の観客を熱狂の渦に巻き込む力があった。

 「デビュー50周年に向けて頑張る。体を鍛え直さないといけない」。22年に訪れる節目に向け、西城さんは周囲に意気込みを語っていた。マネジャー、プロデューサーとして35年にわたって活動を支え続けた片方秀幸さん(57)によると、今年は充電期間に位置づけ、スポーツジムに通うなど、精力的にリハビリに励んでいたという。

 代表曲の一つ「傷だらけのローラ」。全身を使って振り絞るように歌う楽曲だが、ここ数年は封印していた。「アクションあっての曲。いつかステージで披露する日を夢見ていました」と片方さん。

 その夢がかなわぬまま、旅立った。(河村能宏)