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小幡績さん(経済学者)

 1992年に大蔵省へ入り、7年在籍しました。退職したのは、当時の直属の上司が組織を変えようと頑張っても結局1ミリも変わらないのを目の当たりにしたからです。能力の高い人が大勢いるのに、まるで人材の墓場のように見えました。

 財務省は、極めて実力主義です。当時はほぼ東京大学出身者で自信家ばかりが集まっていました。個性の強い変人が多く驚きましたが、法案作りや政治家との駆け引きで「実力さえあればいい」というカルチャーがあった。皆、「日本の将来を真に考えているのは自分たちだ」という強い自負がありました。

 それゆえ省内には「政治家は選挙目当てで金を使い、国家を破綻(はたん)させかねない」「消費税増税を嫌がる国民は愚かだ」というエリート意識も見え隠れしていました。さらに、民間と日常的に接する他省と違って、国家予算や税制を担う財務省は、仕事相手が古い体質の役人や政治家です。日々変化する社会からどう見られ、自分たちの言動が相手にどう受け止められるか、かなり鈍感になっていったのだと思います。

 前次官のセクハラ問題の真相は明らかではありませんが、こうした財務省の体質に起因しているのではないでしょうか。セクハラと捉えられる恐れのある言葉でも、冗談で言っているのだから真意は必ず伝わるはずだと信じてしまう。セクハラは受け取る側の認識が問題という概念がないのでしょう。

 一方で公文書改ざん問題は仮に官邸へ媚(こ)びた結果であるなら、財務省の伝統に反する行動です。なぜなら実力主義の財務官僚たちの大半は恐らく今も、政治家にすり寄って取り立ててもらおうという姿勢は恥と考えるからです。

 90年代、接待問題など不祥事に揺れた大蔵省は権限を次々にそがれ、最終的には財務省と金融庁に解体されました。かつて出世はやりがいのある仕事をできるようにするための手段でしたが、仕事のチャンスを減らされ、出世が自己目的化してきたのでしょう。同時に、入省者も天才や変人が減り、有望な若者は財務省ではなく外資や起業へと向かうようになりました。

 財務省から切り離された金融庁は女性や中途採用を意識的に増やして変わりました。いまの若者は、WLB(ワークライフバランス)のない職場はすぐやめます。財務省も「自分たちこそが国を動かす。我が身を国に捧げる」といった時代の幻想を捨て、まじめな若者が普通に働ける組織に変わる必要があります。

 いま、東大卒のエリートが財務省に集まらなくなっているのは、むしろいいことだと思います。財務省が立ち直るには、新たに入る多様な人たちによってもたらされる刺激が必要なのですから。(聞き手・藤田さつき)

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 67年生まれ。慶応大学准教授。専門は行動ファイナンス。著書に「円高・デフレが日本を救う」など。