高槻城、構造に迫る発見 キリシタン大名の拡張工事跡か

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室矢英樹、編集委員・今井邦彦
【動画】高槻城跡で新たに発見された堀跡=筋野健太撮影
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 大阪府高槻市の高槻城跡で、キリシタン大名の高山右近(1552~1615)が城主となる以前に築かれたとみられる堀跡がみつかった。市教育委員会が30日発表した。堀は右近が城主となった後、城の拡張のために埋め立てられたとみられる。専門家は、絵図や文献史料の乏しい戦国時代の高槻城の構造に迫る貴重な発見として注目する。

 高山右近は織田信長に仕えた武将和田惟政(これまさ)・惟長(これなが)父子の家臣だったが、1573年に惟長を追放し、高槻城主となった。キリシタン大名として知られ、1614年の禁教令でマニラに追放され、病死した。

 市教委は、昨年9月から高槻城跡で発掘調査を実施。市教委によれば、幅約7メートル、深さ約2・5メートル、長さ60メートル以上の東西方向の堀跡がみつかった。これまでの調査で、この堀跡から北へ約20メートルの地点から幅19メートル以上の別の堀跡が出土していた。今回みつかった堀は右近が城主になる前の戦国時代に築かれ、右近が城の大改修を進めた時代に埋め立てられたとみられる。

 また、堀の東端部では、埋め…

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