拡大する写真・図版 伊藤武治さん(右から2人目)が生まれて間もないころ、きょうだいで撮った写真。伊藤さんの左が艶子さん=伊藤さん提供

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伊藤武治さん(1941年生まれ)

 伊藤武治(いとうたけはる)さん(76)は爆心地から3・8キロほどの長崎市館内町にあった自宅で被爆した。当時4歳。母、松江(まつえ)さんに手をひかれて階段を上り、高台に腰を落ち着けた。そこからは浦上方面がよく見えたという。しばらくすると県庁が燃えだし、火の手は裁判所方向にも広がっているようだった。

ナガサキノートとは…
「ナガサキノート」は、朝日新聞長崎県内版で2008年8月に始まり、2017年1月に連載3000回を超えました。被爆者一人ひとりの人生を、1日に400字ほどの小さな記事で数回から十数回積み重ねて描きます。毎日休むことなく載せ、今も載らない日はありません。デジタル版ではシリーズごとにまとめてお届けします。

 「こいが最後かもしれんけん、よう見とかんね」

 その時、松江さんにかけられた言葉だ。

 4歳の少年に「最後」の意味は分からなかったが、松江さんに言われた通り、その光景をじっと見つめた。県庁から大きく炎が上がった時に「ろうそくみたい」とは思ったが、怖くは感じなかった。

 「ピカもドンも記憶にない」と話す伊藤さん。「あまりに強烈すぎて、記憶から抜け落ちているのかもしれない」。それでも、2人で避難した母との会話は鮮明に覚えている。70年以上がたった今も、声色までそのまま思い出せる――。伊藤さんはそう話す。

 伊藤さんは8人きょうだいの末…

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