[PR]

 長野県上田市で5月、生後10カ月の赤ちゃんが置き去りにされた。29歳の母親は子育ての悩みを周囲に訴えていたという。どうすれば防ぐことができたのか――。専門家は「地域が子育て家庭に関わり続ける『おせっかい力』が必要」と訴える。

 置き去りがあったのは5月中旬の平日、時間は正午すぎだった。現場は上田市の子育て支援施設。これまで母親が訪れていた場所だった。

 見つけた職員は赤ちゃんの泣き顔をみて、母親が誰かすぐにわかったという。が、連絡がつかない。施設は母親自身を保護する必要があると考え、上田署に通報。その日の夜、捜索で見つかった母親は保護責任者遺棄の疑いで逮捕された。

 赤ちゃんにけがはなく、市内の別の施設に預けられることになった。

 これが県警や県などへの取材で分かった置き去りの概略だ。

 さらに取材で母親が育児に悩みを抱えていたこともわかった。置き去りの4日ほど前に市役所を訪れ、「子どもを育てられない」などと相談。これ以前にも複数回にわたり、育児の悩みを打ち明けていたという。

 市の担当者は自宅を訪問するなど、継続してケアしていた。6月からは赤ちゃんが保育園に入園する予定にもなっていた。

 出産後に気分の落ち込みや無気力などを感じる「産後うつ」。市は、母親がこうした状態にあるのではないかとみていた。赤ちゃんを一時的に施設で保護したりショートステイさせたりすることを勧めたが、同意しなかったため、見送られた。

 置き去りのあった日は、夫が県外の単身赴任先へと出発した日だった。関係者は「他に頼れる家族もおらず、母親は孤立してしまっていたのではないか」とみる。

 一方で虐待は確認されなかったため、児童相談所への通告は行われていなかった。市を中心に児童相談所などの関係者が参加する「要保護児童対策地域協議会」(要対協)にも、市は情報を伝えていなかった。要対協では、虐待が疑われ、保護が必要な児童がいる世帯が対象とされる。今回はそれに該当しなかった。

 子育ての悩みを把握していながら、置き去りという事態を防ぐことはできなかったのか――。市は「個別の件については答えられない」としたうえで、「子育ての不安に寄り添い、丁寧に悩みを聞き、関係機関との連携を強めていきたい」としている。

 母親は不起訴処分となった。釈放後は入院している。赤ちゃんは父親に引き取られたという。

地域の「おせっかい力」必要

 上田市のNPO法人「子育て応援団ぱれっと」が開いている「子育て広場」。スタッフが常駐し、子どもたちと遊んでくれる。親たちが一息つける場所だ。宮尾秀子代表(58)は「育児に疲れた親御さんが飛び込める場所として開いている」と話す。おもちゃがあり、親同士がおしゃべりできる。1日平均10組ほどが利用。育児に関するイベント「おしゃべり会」も無料で参加できる。

 今月11日、「広場」を訪ねてみた。よく利用しているという母親(41)は「赤ちゃんの夜泣きや授乳で体力は落ちるし、精神的に追い込まれることもある」と打ち明けた。置き去りについて聞くと、「私だって紙一重。ひとごとじゃない」。

 2歳の長男と訪れた母親(39)は「どうして子育てがうまくできないんだろうって思ってしまうこともある。1人だと悩みを抱え込んでしまうんです」。

 不安はどう解消すればいいのか――。

 「あの手この手でワンオペ育児を回避する。育児は母親だけのものではありません」と語るのは、育児情報誌「miku」の高祖常子編集長だ。「行政の支援を『点』とするなら、それをつないで『線』や『面』の支援にしていくのは地域のNPOや子育て広場、地域の先輩たちです」とも。

 「こういうサービスもあるよ」というママ友の一言が、そうした支援先へとつなぐこともある、という。「『ちょっと横になっていきなよ。赤ちゃん見ておくから』と声を掛けられるだけでも楽になります。決定的な答えはありませんが、地域の人たちが一歩踏み込んで支える『おせっかい力』が必要です」

 今回のケースでは、母親は市などに育児相談をしていた。「SOSを出そうとしてきた形跡はある。雨風にさらされない公共施設内に赤ちゃんを置いていったことも母親なりに考えてのことだったのでは」と高祖編集長は指摘する。「自分なりに悩んで悩んでの結果。だからこそ、ひとごとではありません」

育児への理解はできることから

 記者は26歳、独身。置き去りを最初に聞いたとき「なぜ母親がこんなことを?」と思った。

 しかし、取材で出会った親たちはこう口をそろえた。「ひとごととは思えない」

 驚いた。私自身、育児への理解が不足しているんじゃないか。そんな思いで取材を進めた。

 つらくて忘れたい人もいると思う。しかし、もう一度、みんなで考える必要があると思った。

 育児への理解不足。それは例えば電車の中で、泣いている赤ちゃんを煩わしく感じる気持ちもそうかもしれない。そんなとき、ほほ笑みかけたり声を掛けたりが、これまでの私にできただろうか。独身の私にでもできること、小さなことから始めようと思う。(鶴信吾)

子育てに関する主な相談先

※各自治体に子育て支援窓口あり

※産後のケアは、助産所でも受け付けている

・児童相談所

中央児童相談所(026・238・8010)

松本児童相談所(0263・91・3370)

飯田児童相談所(0265・25・8300)

諏訪児童相談所(0266・52・0056)

佐久児童相談所(0267・67・3437)

・NPO法人「子育て応援団ぱれっと」(090・8329・3494/上田市)