【動画】「バイキング・クラップ」ルーツを探る=入尾野篤彦撮影
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 人口35万の「小国」が、サッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会で「奇跡」に挑んでいる。初出場した北大西洋の島国アイスランドだ。1次リーグ突破を目指して26日(日本時間27日未明)のクロアチア戦に挑む。サポーターたちはスタジアムを包む独特の応援方法「バイキング・クラップ」で選手たちを鼓舞する。

 アイスランドはW杯の初戦で強豪アルゼンチンと引き分けた。国内でのテレビ視聴率は脅威の99・6%。

 まさに国全体がサポーターだ。

 それを象徴する光景があった。2年前の欧州選手権。初出場ながら、サッカーの「母国」イングランドを決勝トーナメント1回戦で破った。ベスト8進出の快進撃に、国民の約1割が開催国のフランスに駆けつけた。選手と共に「フー!」と声を上げ、頭上で手をたたく姿は、「団結」「絆」を感じさせて圧巻だった。その元祖を確かめるために、アイスランドを訪ねた。

 首都レイキャビクの中心から車で20分ほど走ったところに、アイスランド屈指の強豪クラブ「ストヤルナン」がある。このクラブが、バイキング・クラップを編み出したと聞いたのだ。ちなみに強豪といっても、同国のトップリーグは純粋なプロリーグではなく、いわゆるセミプロだ。アイスランド・サッカー協会の資料から抜粋してみると、定期的にサッカーに興じているのは3万5千人。選手登録しているのが2万6千人。そのうち、男子選手は1万7千人。成人男子に限ると、3500人。さらにプロ選手となると100人しかいない。イタリアやオランダのような強豪、また米国のように豊かな国ですら、ロシア行きの切符が手にできなかった。やはりアイスランドのW杯出場は「奇跡」に思える。

 ストヤルナンの幹部、ビクトル・オルセンさんが「バイキング・クラップ」誕生のいきさつについて教えてくれた。2014年にクラブ史上初めて、欧州サッカー連盟(UEFA)主催のヨーロッパリーグ予選に参戦したのがきっかけだった。まずウェールズのクラブを2試合の合計スコア8―0で撃破。次に対戦したのがスコットランドのマザーウェルだった。「そこで我々が目撃したのが、何とも素晴らしい応援風景だった。すごく耳に残るリズムで拍手し、チームを盛り上げる。自分たちのクラブでもやろう、ということになった」。マザーウェルに2試合合計スコア5―4で競り勝ち、続くポーランドとのクラブの試合から取り入れたという。

 「このころから、チームの合言葉は『不可能なんてない』になっていった。信じられない快進撃だった」。ハイライトはまだ先にあった。さらに勝ち進んだストヤルナンは次に欧州屈指の名門、インテル・ミラノ(イタリア)と激突することになった。「おそらく欧州クラブサッカー史上、最大の格差のあるクラブ同士の対決だったんじゃないかな」。試合は完敗した。2試合合計で0―9の惨敗だ。

 しかし収容人員1千人のホームスタジアムではなく、レイキャビクにある収容人員約1万人の国立競技場での試合の際は、感動的な光景が広がったという。

 「1万人の観客の全員がストヤルナンのサポーターじゃなかった。インテルを生で見たい一般のサッカーファンもいたと思う。でも、あのバイキング・クラップはスタジアム全体に広がった。あれをきっかけに、じゃあ、アイスランド代表の試合でもやろう、ということになった」

 2年前の欧州選手権の快進撃で広まったクラップは、他の強豪国がまねするようになった。さらに日本のJリーグでも、ガンバ大阪の「ガンバ・クラップ」などとして広まった。

 ストヤルナンのサポーターの中心的な人物、エリアス・グズドムンドソンさんは「地球の反対側にある日本でも、クラップの儀式が広まったのはうれしい」と歓迎する。実はストヤルナンでは今はこの応援はしていないという。代表チームに譲った、という感じらしい。

 実はストヤルナンがヨーロッパリーグに参戦するきっかけには、もう一つの「儀式」が背中を押した。再び、クラブ幹部のオルセンさんの話を聞こう。

 「ストヤルナンは長年、女子ハンドボールが一番盛んなクラブだった。男子のサッカーを本格的に強化し始めたのは、09年ぐらいからだ」

 世界中のSNSで拡散する映像が発信されたのは、10年だった。釣りを趣味にする選手があるとき、ゴールの後、釣りざおを投げ、魚に扮した選手がピッチの上をごろごろ転がりながら釣られるパフォーマンスを思いつき、試合で実践した。「その映像がユーチューブで一気に拡散した。最初は1千回ぐらいだったのが、5千回、1万回、さらに100万と視聴された」。予想をはるかに超す反響に選手たちの創作意欲はさらに高まり、次々と違うバージョンを編み出した。

 面白さに飛びつく企業も現れた。スペインの携帯電話会社から広告宣伝に使いたいと申し出があった。選手たちには日本、ドイツ、米国などのテレビ局から出演依頼が殺到。「具体的な金額は言えないけれど、企業との契約金などを元手に選手を2人ぐらい獲得する資金を調達することが出来た」。今、パフォーマンスは封印、いや「卒業」したという。

 「このゴールパフォーマンスを編み出すのはすごい労力だった。同じだと飽きてしまうし、練習中も次に何をするか考え出すと、本来のサッカーに集中できないから」

 こうした遊び心は、アイスランド人の伝統として息づいているのか。アイスランド大のビーザ・ハルドルソン准教授(社会学)はいう。小国ゆえの良さだ。選手は幼い頃から一緒にプレーし、サポーターとも家族や友人をたどれば、大抵つながりがある。それが、ファミリー的な結束力の源なのだ。何しろ、W杯に出場するのは初めてだから、選手たちの気持ちも純粋だ。国家の誇りのために全身全霊を投げ出し、それをサポーターも支える」(稲垣康介)