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 民主化を求める学生らの抗議運動を中国政府が武力で鎮圧した1989年の天安門事件から4日で29年。共産党政権は運動を「動乱」とした見解を変えず、民主的な政治改革への道筋は見えない。事件の当事者や遺族らは厳しく監視されながらも、真相解明を求めて声を上げ続ける。

 事件があった北京の天安門広場とその西側一帯では、3日夜から4日にかけて警察車両があちこちに止まり、私服警官らが監視を続けた。地下鉄の出入り口も一部閉鎖された。

 4日、例年同様、当局に封鎖された北京市内の墓地で親族を追悼することが許された人たちがいる。天安門事件で子どもや夫を亡くした遺族らでつくる「天安門の母」のメンバーらだ。

 「29年たっても、政府は沈黙したまま。勇気を出して責任を認める時期だ」。メンバーの尤維潔さん(64)は先月、北京市内の自宅で静かに語った。

 1989年6月4日未明、銃声を聞いて天安門広場の方に様子を見にいった夫の楊明湖さん(当時42)が撃たれた。病院にかけつけたが、「ごめんな、しっかり生きてくれ。子どもを頼む」と言い残して、2日後に亡くなった。

 「学生と市民の平和的な抗議運動に、政府が虐殺という手段で対応したことがどうしても許せなかった」

 「天安門の母」は、事件の真相究明と国家賠償、責任者の追及の三つを訴えてきたが、政府から反応はない。6月4日が近づくと当局から厳しく監視される。この1年で新たに3人が亡くなり、メンバーのうち51人が政府からの謝罪を聞くことなく世を去った。

 国内では事件について報道されることはなく、事件を知らない若者も増えつつある。それでも、尤さんは「多くの北京市民の記憶からは消えていない。ネットを通じて事件を知る若者もいる」と話す。

 当時の学生たちが訴えたことの一つが、反腐敗だった。それは習近平(シーチンピン)指導部の方針にも重なる。「政府は責任を認めれば社会が混乱すると思っているのかもしれない。だが、過去の間違いを認めることは、むしろ政府への信頼を高め、社会の団結を強めることになるはずだ」と訴える。

 「天安門の母」は4日を前に、今年も公開書簡を発表した。遺族ら128人が署名。宛先は「人民の幸福こそが共産党の目標」と訴える習国家主席だ。書簡はこうつづる。

 「政権に就いて6年。各地を訪れ、人民の苦しみに思いをはせるあなたが、天安門事件やその犠牲者を思わないはずがない。私たちが生きているうちに名誉回復を見せてほしい。それが私たちの中国夢(チャイニーズドリーム)だ」

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