「14年間、何度夢を見たか」岡山女児殺害、母親が手記

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 岡山県津山市で2004年9月、小学3年の筒塩侑子(つつしおゆきこ)さん(当時9)が殺害された事件で、筒塩さんの母親が5日、代理人の弁護士を通じて報道各社に手記を寄せた。全文(原文ママ)は以下の通り。

     ◇

 「お母ちゃん、大好き。ぎゅうー。」

 そう言って、顔いっぱいに笑みを浮かべながら、私を抱きしめてくれていた侑。

 この14年間、何度、そんな夢を見たことでしょう。目が覚め、侑がいない現実に、胸が苦しくて、歯を食いしばって、泣くことしかできない日々でした。事件から14年が経過した今も私たち家族の時計は、あの日から進むことはなく、悲しみも決して薄れることはありません。

 侑は主人が突然病に倒れ、長期入院を余儀なくされ、これから先どうやって生きていけばいいのかという不安の中、生まれてきました。大きな産声を上げる侑の顔を見て、一番に思ったことは、「生まれてきてくれて、ありがとう。」 ただそれだけでした。私たち家族にこれから生きていく力を与えてくれたのが侑でした。

 侑は、体の不自由な主人や、忙しい私を心配してか、小さい時からわがままを言わず、家のお手伝いをよくしてくれる、とても心優しい子に育ってくれました。そんな侑が唯一、私に言ってくれたわがまま、それは二人で買い物に行くことでした。「お母ちゃん、侑が帰るまで、買いもの行くの待っとってよ。」 そう言って、いつも学校に行っていました。スーパーでは、カートと私の間に立ち、私にもたれかかるようにして、べったりくっついて歩いていました。時間があるときは、常に私のそばにいる。そんな甘えん坊の侑でした。

 侑は、お花が好きで、その中でも「ひまわり」が大好きで、「大きくなったらお花屋さんになりたい。」と言っていました。私たちにとっては、侑は、明るくて、かわいくて、まぶしい「ひまわり」のような子でした。

 そんな侑が、ある日突然、私たちの前からいなくなりました。夢であって欲しいと願いました。「お母ちゃん、ただいま。」と元気な声で、帰ってくるような気がして、下校時間になると、毎日、玄関の外で待つようになりました。でも、侑が帰ってくることはありませんでした。「お母ちゃん、大好き。」と言って、抱きしめてくれた時の、あの侑の温もりを感じることは二度とできなくなったのです。家族は皆、自分を責めました。「なぜ、あの時間、私はそこにいなかったんだろう。もし、家にいたら侑は殺されることはなかったのに……」 家族から会話が消え、侑がいなくなった我が家は、光が消えたようでした。

 そんな私たちを、侑の友達が、地域の方が、たくさん助けてくれました。今、こうやって、少しずつでも前を向いて歩くことができているのは、支えて下さった皆さんのおかげです。成人式には、侑の友達が、晴れ着姿でお参りに来てくれました。「侑が生きていたら、どんな色の晴れ着を着たんだろう。」 でも、私の侑は、小学校3年生のまま。20歳の侑を想像することはできません。それでも、友達の心の中に、侑が今もなお、生きてくれているのが嬉しくてたまらず、友達の晴れ着姿に侑を重ねました。

 私たち家族は、これから先も、侑を失った深い悲しみと向かい合いながら、生きていくしかありません。どうか、私たちの気持ちをご理解頂き、親族、知人、ご近所への取材につきましては、自粛をお願い申し上げます。