ベトナム反戦運動や安保闘争をはじめ、平和や人権、公害問題などの幅広い分野で論陣を張り、戦後の市民運動をリードしてきた社会学者の日高六郎(ひだか・ろくろう)さんが7日午前、老衰のため、京都市左京区の施設で死去した。101歳だった。葬儀は故人の遺志で行わない。

 中国・青島生まれ。東京帝国大学文学部卒。米国の社会学研究の傍ら、戦後すぐ論壇に登場した。東大助教授を経て1960年に教授。戦後民主主義と憲法擁護の立場から60年安保改定の問題点を論じたほか、ベトナム反戦の国民行動を呼びかけ、革新市民運動を実践してきた。ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」を訳したことでも知られる。

 ベトナム戦争では米軍の北爆停止を米国務長官に訴える文書を評論家の加藤周一さんと提出したほか、戦争加担を拒否して脱走した米兵を援助する活動も、作家の小田実(まこと)さんや評論家の鶴見俊輔さんらと進めた。

 69年に東大紛争での機動隊導入に抗議し、「無力さを自ら罰する」と教授を辞職した。それ以降は、主に評論家として反戦、教育、公害、人権問題などに取り組んできた。81年、日本赤軍との関係を疑われて豪州政府から入国を拒否された時には、日豪文化人らが抗議行動を起こし、後に豪政府の方針を改めさせるなど、話題を呼んだ。

 76年から89年まで京都精華…

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