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 今から55年前、三重県南部の熊野灘に面した静かな入り江に、中部電力の芦浜原子力発電所の建設計画が持ち上がった。2000年に北川正恭知事(当時)が白紙撤回を宣言するまで、旧南島町(現南伊勢町)の住民たちは反対の声を上げ続けた。運動と深く関わった男性が、地元の季刊誌「NAGI 凪(なぎ)」に当時を振り返る連載を執筆し、注目されている。

 15年6月に始まった連載を執筆しているのは、元高校教員の柴原洋一さん(64)。1983年7月に同県鳥羽市立海の博物館の石原義剛館長らとともに「『原発いらない』三重県民の会」を立ち上げ、地元漁師と都市部の反対運動の橋渡しなどを行ってきた。柴原さん自身、旧県立南島高校に勤務していた86~91年は南島町で暮らし、義父は反対派を率いた地元漁協の組合長だった。

 芦浜原発の建設計画は63年11月、南島町と旧紀勢町(現大紀町)にまたがる場所に持ち上がった。紀勢町側は建設計画を支持したものの、南島町側は漁師を中心に反発。67年9月に当時の田中覚知事が中部電力に建設中止を申し入れたことで計画は頓挫したかに見えたが、84年2月に当時の田川亮三知事が原発関連予算を計上したことで、反対運動が再燃した。

 柴原さんは「37年に及ぶ長い…

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