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 医療技術は日進月歩で発展を続けています。ワクチンは20世紀の医学における大発見のひとつです。

 人体には、細菌やウイルスなどの病原体が侵入した時に、それを排除する免疫機能が備わっています。ワクチンは、病原性を弱めたり、無くしたりした細菌・ウイルスの一部を利用して作られています。ワクチンを投与することで、病原体に対抗できる免疫を安全につけることができます。そして、病原体が体内に入ってきても、病気にならずにすんだり、発症したとしても軽症で乗り越えたりすることができるのです。

 第2次世界大戦が終わった直後の日本は貧しくて衛生状態も良くなく、数々の感染症が流行しました。いまは、日本人の主な死因は悪性腫瘍(しゅよう)、心疾患、脳血管疾患などですが、当時の死因の第一位は感染症でした。ワクチンは、そんな感染症の予防に大きな力を発揮してきました。

 ジフテリアという病気があります。ジフテリア菌による細菌感染症で、世界ではいまだに猛威をふるっている、危険な「死に至る風邪」の一つです。せきやくしゃみに含まれる唾液(だえき)を介して、人から人へとうつります。

 現在、日本での発生は極めてまれですが、戦後間もない頃は年間8万人以上の患者が発生し、そのうち約10%が死亡したそうです。特に、5歳以下や40歳以上の人が発症した場合は、重症化しやすく、最大で20%が亡くなりました。現在でも、アフリカ、中南米、アジア、中東などではしばしば流行が見られます。こうした地域に渡航する人は、ジフテリア菌の感染に注意する必要があります。

 ジフテリアは、のどの痛みや発熱、激しいせきなどの症状で始まり、へんとうに白い膜(=偽膜(ぎまく))ができるのが特徴です。重症になると、この膜が気管まで広がり、のどがつまって窒息することがあります。

 また、ジフテリア菌は体内で毒素を産生し、この毒素が心臓や神経に障害を起こします。

 ジフテリアが疑われた場合は、直ちに大きな病院に入院する必要があります。治療としては、抗生物質やジフテリアの毒素を中和するはたらきのある抗毒素の投与を行います。現在、日本国内でジフテリアに感染する人はほとんどいないため、抗毒素を常備している医療機関はなく、保健所を通じて厚生労働省に手配を要請することになります。

 ジフテリアは予防接種が大変効果的です。実際、わが国で子供を対象とした定期予防接種が開始された後から、患者数は激減しました。現在、世界中のほとんどの国で、ジフテリアのワクチンが定期予防接種に組み込まれています。

 しかし、ワクチンを子供の時に接種した場合、30歳ごろに効果が減弱することが知られています。そこで、中高年の人たちがジフテリアの流行地域を訪れる場合には、ワクチンの追加接種をお勧めしています。

 ジフテリアは極めてまれな疾患となってしまったため、ワクチンが効いているのかどうか、実感を持つことができないかもしれません。

 1990年代にソ連が崩壊した時、住民へのジフテリアワクチンの供給が一時的に不足したことがありました。その結果、それまでほとんどいなかったジフテリア患者が急増しました。5年間で12万人以上の患者が発生し、4千人以上が死亡したそうです。

 その後、国際協力によるワクチン接種の強化が行われ、患者数は再び減少しました。ワクチンは確かに効いているのです。

 海外渡航などのため、ワクチンの追加接種を希望する場合は、厚生労働省の検疫所が電話での相談に応じてくれます。自費となりますが、1回の追加接種でおよそ10年間有効な免疫をつけることができます。

<アピタル:弘前大学企画・今こそ知りたい! 感染症の予防と治療>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/hirosaki/(弘前大学大学院医学系研究科内分泌代謝内科学講座講師 村上宏)