[PR]

 グリーフケアの会が2カ月に1度、診療所の図書室で開かれる。46歳の娘を亡くして半年が過ぎた73歳の母が語った。「あの子にはほんとに色々教わりました。理屈はこねれん子ですが、短くズバッと言う子です」。亡くなった娘さんには知的な障害があり、医者嫌いで病院嫌い。「知らん、行かん」の連発。病気の発見は後手に回った。

 「姑(しゅうとめ)さんがいて、強い人で意地悪で、われがトボケとるけえこぎゃなダラズみたいな子を産んで、って言いました」。いつも悲痛な空気が流れやすい会なのに、いつもとは違う空気。娘さんは学校時代も社会人になってからもいじめを受けた。母は学校や教育委員会、会社を相手に奔走した。時が過ぎ姑さんは倒れ寝たきりに。姑さん倒れても強かった。便秘が続くと、下半身裸で股開き、嫁さんの肩に1本ずつ足を乗せ、「浣腸(かんちょう)せえ~便を掘れ~」と指令する。嫁さん、股をのぞき込み奮闘した。どっさり出た。娘が手伝った。想像絶する光景に参加者の顔、ゆるんだ。

 姑さん他界。ご主人が言った。「これからはわしに優しゅうせい」。耳を疑った。以来夫とは一語もしゃべらなかった。娘が言った。「出るだか」。「出ん。家出る時はお前連れて出る!」「うん!」

 黙って聞き合う会なのだが、「大切な家族を亡くすと、悲しみに襲われたりしますが」と尋ねてみた。「悲しいこたあないです。わし、娘が死んだと思っとりゃあしませんのに」とお母さんニコリ。

 グリーフ(死別後の悲嘆)は死後に生じる。なぜこの母にグリーフは生じていないか。それはこれからなのか。二人三脚で必死に生き抜いた苦労の毎日に、既にグリーフの日々が前倒しとなって紛れこんでいて、私たちに見えてないだけなのか。

 

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。