[PR]

 太平洋戦争中、米軍機の空襲の標的となった中島飛行機武蔵製作所(東京都武蔵野市)。工場を中心に200人以上が亡くなり、周辺住民にも多数の死傷者が出た。こうした戦禍を忘れまいと、工場跡地につくられた都立武蔵野中央公園に、歴史と被害を伝える説明板が設置された。市民団体が都と市に要望し、実現した。24日には完成を祝う催しが行われる。

 中島飛行機は戦前、国内有数の軍事企業で、戦闘機「隼(はやぶさ)」「零戦」などを製造していた。武蔵製作所は今の武蔵野市緑町や八幡町にあった敷地56万平方メートルの大規模工場で、主に軍用機のエンジンをつくっていた。周辺に関連企業も多数あったため、米軍機の標的にされ、戦争末期の1944年11月~45年8月、9回にわたって爆撃された。8月8日の爆撃機B29による最後の空爆で、工場はほぼ機能を失った。

 跡地は現在、武蔵野市役所や武蔵野中央公園などになった。軍需工場の面影は消えたが、市民団体「武蔵野の空襲と戦争遺跡を記録する会」が遺跡保存や遺物収集、被害の実態を調べる活動を続けている。史実を後世に伝えるため、都と市に公園内に説明板を設置するよう働きかけていた。

 高さ1・5メートル、幅1・2…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

関連ニュース