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 沖縄戦が終結した慰霊の日は「うーとーとー」――。数年前から、ツイッターにそんな投稿をしている沖縄県出身のタレントりゅうちぇるさん(22)。「うーとーとー」は沖縄の言葉で、手を合わせて祈るという意味です。6月23日は「慰霊の日」。地上戦の悲劇を経験した沖縄と平和への思いについて、りゅうちぇるさんが語ってくれました。

 ――りゅうちぇるさんにとって、6月23日はどんな日ですか。

 沖縄のことをめちゃくちゃ熱心に考える一日。学校も休みになる。忘れられない一日です。

 ――沖縄ではどんな風に過ごすのですか。

 慰霊の日が近づくと、小学校では「月桃(げっとう)」という歌を音楽の授業や朝会で歌います。戦争になっても月桃の花はしぶとく残っていたけれど、慰霊の日を待たずに全部散ってしまった、という歌です。給食には月桃の葉で包んだ「ムーチー」という餅が出ました。

 ――東京で過ごす慰霊の日は、沖縄で過ごすのと違いますか。

 沖縄では、若い子でも自分のおじい、おばあが戦争を経験しているから、戦争を身近に感じます。でも、東京ではそういう話題があまりない。慰霊の日は全国で学校が休みだと思っていたので、東京に来て「沖縄だけなの!」と驚きました。

 ――どんな気持ちからツイッターに「うーとーとー」の投稿をしたのですか。

【動画】「慰霊の日には、うーとーとーをします」と語るタレントのりゅうちぇるさん=池永牧子撮影

 2014年に上京してからも、慰霊の日は忘れてはいけないと思って。沖縄は太平洋戦争に巻き込まれ、地上戦になってしまった悲しみや苦しみがある。それを絶対に繰り返してはいけないという認識を、沖縄の人は持っています。

 東京にいても、慰霊の日には正午に「うーとーとー」をする。お父さんからもするように言われていたし、沖縄の人にしてみたら「もちろん、当たり前さー」って感じです。

 ――りゅうちぇるさん自身は、沖縄戦の経験について身内から聞いたことがありますか?

 もちろんあります。戦争中、沖縄の人は米国の捕虜になることをすごく怖がったそうです。「『アメリカー』に捕まるくらいなら、爆弾で死のう」と言って集団で自決する人も多かった。そんな中、10代だった父方のおばあは、集団自決をしようとする群れから一人だけ逃げて生き残りました。母方の祖母も防空壕(ごう)に逃げて助かりました。

 沖縄の人は、逃げ回ったことについてよく話します。防空壕にたどり着く前に殺されそうになったとか、いつ親とはぐれたかとか。沖縄に住んでいると、「ここでそういうことがあったんだ」と実感します。何より、今も米軍基地があるから戦争を身近に感じます。

 ――生まれは、米軍の普天間飛行場がある宜野湾市ですね。

 はい、飛行場は自宅の目の前です。04年に米軍のヘリコプターが沖縄国際大に落ちた時は、その事故を目撃していました。

 僕は当時、小学校3年生。友だちと本屋を出て、タコライス屋に入ろうとした時でした。ヘリが上空で5分くらいグルグル回っていて、「すごーい」って見てた。そしたら急にパッと止まって、垂直に落ちた。その光景は忘れられません。

 ――怖くなかったですか。

 「大変だよ!」「逃げて逃げて!」と大騒ぎでした。現場が近かったので怖かったです。小さい頃から米軍ヘリや飛行機が上空を飛び、爆音を響かせていました。プールや運動場で、先生や友だちの声が聞こえないということは当たり前。でも、この事故があって、危険と隣り合わせなんだと改めて思いました。

 ――基地は身近な存在だったと…

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