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 「町名がないけど、間違いありませんか」――。茨城県龍ケ崎市役所には毎月、こんな問い合わせがある。旧龍ケ崎町の住所表記では、市の後に直接地番がくるからだ。市役所の住所は「龍ケ崎市3710番地」。変更には1億円超の費用が見込まれるなど、課題も多いという。

 全国的にも「市」の次に地番が来るのは珍しいが、どんな経緯だったのか。1889(明治22)年の町村制に伴って旧龍ケ崎町が誕生。戦後の町村合併促進法による「昭和の大合併」の中で、1954年に大宮、八原など6村を編入して現在の市になった。

 当時、各村の「大字」(江戸時代の村)名には町をつけ大字として残した。例えば、旧八原村大字羽原は「龍ケ崎市羽原町」という表記になった。一方、明治時代に町制になった旧龍ケ崎町には大字はなく、市になる時にも「大字なし」に。「いきなり地番」のまま今に至っている。

 この「いきなり地番」は市外からの転居者を戸惑わせる。市法制総務課には、銀行や不動産会社などから月1~2回、「この住所で大丈夫ですか」と確認の電話があるという。「米町」や「新町」などの小字はあるため、住民は正式な表記と小字を含めた町名を使い分けている。新町に住む中山一生市長は「小字を書かずに宅配業者に頼むと『字名が抜けています』と指摘される」と苦笑する。

 市は住居案内のため、電柱に小字名を入れた表示板を設置しているが、市議会からは、地名表示の整理を求める声が繰り返し上がっている。3月定例会でもこの問題を指摘する一般質問があり、荒井久仁夫総務部長は、「解決すべき課題」として事業費や住民の合意形成を挙げた。

 市によると、地番は現在のままで新たに町名のみをつける方法でも「システム変更などで1億円以上はかかるのではないか」。住民には免許証などの住所変更届が必要となり、負担感が生じる。中山市長は、「昔からなじんでいる小字名を大字にすれば由緒がわかっていいが、負担を伴うのでアンケートなどで声を聞く必要もある」と話す。

 「いきなり地番」は県内では境町にもある。地図研究家で「住所と地名の大研究」などの著書がある今尾恵介さん(58)=東京都日野市=は「お金がかかっても、昔の町名が復活した方が住民にとってわかりやすいのでは」と話している。(佐藤清孝)