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坂本堤(つつみ)弁護士一家殺害事件

 坂本堤(つつみ)弁護士は89年5月ごろから、教団の出家信徒の親から相談を受けて教団と交渉するようになり、被害者の会の立ち上げにもかかわっていた。松本死刑囚は坂本弁護士が警察に事情を話し、教団を捜査させようとしているとして同年10月、抗議をするよう、教団幹部らに指示した。

 幹部らは同月31日に法律事務所を訪れたが、話し合いは平行線に終わり、坂本弁護士は教団に対する法的措置も検討していると伝えた。報告を受けた松本死刑囚は幹部らを集めて「今ポアをしなければいけない問題となる人物はだれと思う」と聞き、坂本弁護士が教団にとって障害になるとして、殺害を指示した。

 実行を指示された6人の幹部は11月3日夕、坂本弁護士の横浜市磯子区の自宅そばに到着。最寄り駅の前で待ったが、深夜まで待っても現れず、確認したところ自宅の電気はついており、鍵がかかっていなかった。電話で説明を受けた松本死刑囚は「じゃ、入ればいいじゃないか。家族も一緒にやるしかないだろう」と殺害を命じた。

 6人は4日午前3時過ぎ、坂本弁護士の自宅に侵入。就寝中の坂本弁護士(当時33)のほか、妻都子(さとこ)さん(同29)と長男の龍彦ちゃん(同1歳2カ月)の首を絞め付けるなどして殺害。遺体を新潟、富山、長野各県に埋めた。

 坂本弁護士は直前まで教団と交渉し、自宅にはオウム真理教のバッジが落ちていた。だが、神奈川県警は教団に対する捜索に踏み切れず、教団の暴走を許す契機となったとの指摘もある。3人の遺体が見つかったのは松本死刑囚が逮捕された後の95年9月だった。