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 1968年の第50回全国高校野球選手権記念大会。映画「ビルマの竪琴」「東京オリンピック」などで知られる故・市川崑(こん)監督が熱望してメガホンをとり、夏の甲子園を舞台にした初の記録映画が制作された。

 写真は日生球場であった大阪大会の決勝を撮影する様子だ。

 「50年の歳月、激動の日本を貫いて細く、しかし力強く受け継がれてきた青春の一つの姿、その青春の歴史が今年はこの若者たちによって受け継がれていく」

 ナレーションとともに、各地の練習風景が映し出される。雪が降る北国の選手はかじかんだ手でバットを握る。都会の高校の選手は、他の部活の生徒と背中合わせで守備につく。沖縄では飛行機の轟(ごう)音の下で試合に臨む――。それぞれの環境でボールを追う球児たちを丹念にとらえた。

 「選手たちの長くつらいトレーニングは、それぞれの土地の風土、つまり自然とのたたかいです。そのたたかいのなかに、青春の生命感があると私は思います」。当時の朝日新聞のインタビューで、市川監督はそう語っている。

 制作費は1億5千万円(当時)で、全編オールカラーの約97分。タイトルは一般公募され、約1万6千通の応募から「青春」に決まった。甲子園には二十数台のカメラと約120人のスタッフが入り、連日の熱戦を撮影した。

 この年、甲子園に初出場し、初優勝を果たしたのが大阪代表の興国だ。「青春」は、エースの投げ合いとなった興国と静岡商の決勝でクライマックスを迎える。風を切る投球音。グラウンドを駆ける足音。スタンドの地響きのような歓声。甲子園の熱気を迫力いっぱいに切りとった。

 同年9月に公開され、興国はチームで映画館に行ったという。当時のエース、丸山朗(あきら)(68)は「映像を見て、改めて自分の力以上が出た良い投球だったと思った記憶がある」と振り返る。昨年、DVD化されたのを機に見返したという当時の部員、三木茂(68)は「青春やったなあと、懐かしい思いがした」と話す。

 それから50年。丸山は今も同じように白球を追う球児に、かつての自分たちの姿を重ねる。「甲子園に行くという目標のために力を合わせて一戦一戦必死で挑んだ。その思いは今の選手も同じだと思います」=敬称略、おわり(坂東慎一郎)

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