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 「大変残念な結果です」。弁護団と記者会見に臨んだ袴田巌さんの姉の秀子さん(85)は、「身柄の拘束はしないと書いてあるので、ひと安心しています」と、言葉を続けた。

 巌さんは2014年3月に静岡地裁の再審開始決定で48年ぶりに釈放されたが、長い拘禁生活で精神を病み、会話もままならない。秀子さんは弟を故郷・浜松市の自宅に迎えて身の回りを支えながら、4年間暮らしてきた。

 この日の決定で、巌さんを釈放し続けるかどうかの判断は最高裁に委ねられた。今後の生活を問われた秀子さんは「再審開始になって、皆さんに『おめでとう』と言ってもらえると信じて、余分なことは言わないで暮らしていく」。「今までも50年戦ってきた。これからも頑張っていきます」と会見の発言を締めくくった。

 一方、弁護団からは怒りの声が漏れた。

 決定では、地裁が再審開始決定の主な根拠とした筑波大学の本田克也教授(法医学)の鑑定を「信用性は乏しい」と全面的に退けた。本田氏の鑑定は「犯行時の着衣」とされる衣類に残る血痕と袴田さんのDNA型は「一致しない」としたもので、この鑑定をめぐって審理は長期化。弁護団は本田鑑定の再現実験を行ったが、本田氏の指導と監督により行われたことなどを理由に、高裁は信用性を否定した。

 弁護団事務局長の小川秀世弁護士は、弁護側の主張のほとんどを退けた高裁決定を「非常に薄っぺら。強い偏見によって判断している」と批判。「偏見や思い込みで判断している部分は証拠で反論できる」と語気を強めた。西嶋勝彦弁護団長は、最高裁に特別抗告する意向を示し、「なるべく迅速に最高裁の結論を得て、一日も早く巌さんの無実を明らかにしたい」と語った。(増山祐史、矢吹孝文)

事件をめぐる主な経緯

1966年6月 静岡県清水市(当時)のみそ会社専務方から、殺害された一家4人が見つかる

   11月 袴田さんが初公判で起訴内容を全面否認

 67年8月 工場のみそタンクから血の付いた「5点の衣類」が見つかる

 68年9月 静岡地裁が死刑判決

 80年11月 最高裁が上告を棄却

2008年4月 静岡地裁に第2次再審請求

 14年3月 静岡地裁が再審開始と袴田さんの釈放を決定。検察側は東京高裁に即時抗告

 18年6月 東京高裁が検察側の即時抗告を認め、再審開始決定を取り消す