【動画】国史跡「三連水車」の始動を前に、準備を進める妹川幸二さん=徳山徹撮影
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 福岡県朝倉市の国史跡「三連水車」。昨年7月の九州北部豪雨で大きな被害を受けたが、関係者の尽力で復活し、今年も17日から回り始める。復興をめざす地域の田畑を潤す水車を支えるのは、地元唯一の水車大工の妹川(いもかわ)幸二(ゆきじ)さん(60)。部品の組み付けなどの準備に余念がない。

 「もうダメかも」。昨年7月6日。手塩にかけて整備してきた水車群を見た妹川さんは言葉を失った。本体が3分の1まで土砂に埋まり、流木や木くずなどが絡みついていた。

 だが、「このままでは農家が困る」と気を取り直すと、維持管理を担う山田堰土地改良区と協議。バキュームカーで泥を吸うなどの作業をして翌8月には再開にこぎ着け、例年通り10月まで農地を潤した。

 妹川さんは40年近く前に大工に。先輩に「水車大工にならんか」と誘われたのはその2、3年後だった。「ひとと違う技量を身につけたい」。先輩に師事し、約10年後には朝倉の水車群を支えるようになった。

 それから四半世紀。福井や鹿児島、大分などでも水車をつくった。だが、水車関連の収入は少ない。普段は工務店などに雇われ、6~10月、時間をひねり出して水車仕事をこなす。

 水の流れを受ける羽根板(はねいた)などを本体に固定する「竹栓」は手作りだ。割った竹を板状にして、大・中・小で10~27センチほどの長さにそろえる。三連水車の3基では462本が必要だ。こうした部品を夜なべで準備することもある。

 水車が動き始めると毎日、現場を見て回る。ときには午前6時ごろから、流れ着いた植物を取り除き、いたんだ柄杓(ひしゃく)を取り換える。

 気がかりなのは後継者がいないことだ。手伝ってくれる若い大工に「次はあんたが」と持ちかけているが、はっきりした返事はない。「家族もいる。負担が大きいと分かっているから無理は言えないよ」

 それでも今年も水車が回る。「お百姓さんが必要としている水を供給できる。水車大工の役割を果たすことができてうれしい」(徳山徹)

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 〈朝倉の水車群〉 筑後川から水を引いた堀川用水に三連水車と二連水車が計7基ある。山田堰土地改良区(徳永哲也理事長)によると、国指定史跡の三連水車は1789(寛政元)年に建設された。7基が潤す農地は35ヘクタール。豪雨で土砂が流れ込むなどの被害があったが、現時点で21ヘクタールが復旧している。

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