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高校野球のモヤモヤを考える

 「県外の人が多いチームでも応援するべきだと思います。野球をする上で出身県などは関係ないと思います」(熊本県北の公立校・主将)=アンケートから

 今春の選抜高校野球を制した大阪桐蔭のように、県外選手が集まる甲子園常連校は多い。一方で、「地元の代表」の多くが県外選手となることへの批判も根強い。選手たちはどう受け止めているのだろう。

 14日までの選手登録によると、ベンチメンバーに県外の選手が最も多かったのは、昨夏まで春夏通算4季連続で甲子園出場の秀岳館。20人中17人だった。

 福岡県出身で主将の橋口将崇(3年)は「野球の強いところに入って甲子園に行きたいと思って来た」と入学の理由を語った。福岡県は高校野球の激戦区。甲子園に出るため県外の私立で野球をすることは中学生のころに決め、思いを両親に伝えていた。

 入学してすぐ、選手たちのレベルの高さに驚いた。地元にいた高校生とは、体の大きさも違った。熊本地震が起きて一度帰省したときには「レギュラーはもう無理かな」と親に漏らした。寮生活のため練習後も上下関係が一日中つきまとう。1年生は率先して動かなければならず、想像以上につらかった。練習が深夜に及び、そこから洗濯などをして、就寝が午前2時になることもあった。

 ただ、得たものは大きかった。昨春の選抜大会。2回戦の五回表から捕手として起用され、初めて甲子園でマスクをかぶった。そこから見た景色は、これまで見てきた球場とはまるで違った。観客が多く、雰囲気に圧倒された。「ここにまた来られるならどんなつらい練習も乗り越えられる」。そう思った。

 親のありがたさに気づき、深く感謝するようになったのも、実家を離れたからこそだった。5月5日に行われたRKK旗準決勝では本塁打を放ち、前日が誕生日だった母親にボールを渡した。泣いて喜んでくれた。両親に恩返ししたいという気持ちが、今大きな原動力になっている。「親のためにも何が何でも勝たなきゃと思います」と話す。

 秀岳館の地元、八代一中出身の投手の志賀大誠(3年)は、橋口ら県外選手から刺激を受けたと話す。中学時代は県内の他の高校からも誘いがあったが、甲子園に一番近いと思い秀岳館に入学した。甲子園出場が目標だった。しかし、入学後に出会った先輩や同級生らは日本一になることを目標に親元を離れ熊本にきていた。甲子園4強でも納得せず悔しがっていた。その熱量に、圧倒されたという。志賀は今春のRKK旗で準優勝に貢献。投手陣の柱の1人に成長した。

 県外選手が多いことに対する批判があることを、どう思っているのか――。秀岳館で尋ねると「人にはそれぞれ意見があるから仕方がない」「気にしていない」という声が上がる。だが志賀は、「中には気にしている選手もいる」と明かし、「野球を頑張っているんだから……」とまで言うと、次の言葉をのみ込むように黙りこんだ。

 橋口は、関西出身者が多かった先輩たちが「熊本代表じゃない。大阪代表だ」などと批判を受けていたと聞いた。ただ、甲子園4強など結果を残したことで周りが変わってくれたとも話していたという。16年夏の甲子園で4強入りした当時の内野手で、現在は横浜DeNAベイスターズの松尾大河は準決勝後、「『頑張れ秀岳館』の歓声が聞こえた。それが一番うれしかった」と涙をこぼした。

 橋口は今でも「熊本出身の人が出てほしいと言われることもある」と話す。ただ、「八代の人は優しい」と感じるという。主将になってから、町で食事をしていても「頑張ってね」と声をかけられることもある。

 今大会、秀岳館の組み合わせは3回戦まで県営八代野球場が会場。橋口は多くの人が集まってくれると思うと話し、こう言った。「応援してもらえたら、うれしいです」=敬称略

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 長く愛され、今夏で第100回大会を迎える高校野球。昨夏初めて取材した私も、ひたむきな選手の姿と予想外のドラマに幾度となく心動かされました。一方で、常にいろんな疑問が頭の片隅でモヤモヤとくすぶっていました。「熊本の高校野球界が変わるべきだと思う点は何ですか」。熊本大会に出場する61チームの主将、監督・部長らにアンケートで問いかけ、挙がった声に私の「モヤモヤ」を重ね、考えます。(杉山歩)